闇 夜

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闇 夜

 迷彩(めいさい)柄のお揃いのリュックの中には、サンドイッチとペットボトル、飴、チョコレートなどが入っている。(ばー)が準備していたらしい。クライマーの姿になっている婆は、どうやら登山の経験があるらしかった。 「┅┅これでも若い頃は、エンジニアだったのよ。まだ女性は珍しかったので、モテモテだったわ」  ときおり、唐突にそんなことを言ってから婆はクスンと笑ったり、葉那子には聴きとれない早口の方言を口にした。  懐中電灯が照らした先には道はない。それでも婆は平然と枝木を分けて進んでいく。そのあとにぴったりとくっついて葉那子も離れずに歩いた。電灯の光に驚いた小さな羽虫たちが一斉に飛び立つ。  けれど葉那子は驚かない。むしろ、どんな種類なのか興味があった。でも、それを確かめる余裕はない。星空を眺めながらゆっくりと楽しむハイキングではないのだから。  車のタイヤを刺身包丁で突き刺してきたものの、婆はエンジンに細工する時間を惜しんだ。車のキーが探し出せず、男らの携帯と財布をまとめて婆のリュックに詰めてきた。これも、婆にしてみれば、何か月も前から考えていた計画だった。 「ごめんね、葉那子(はなこ)ちゃんを巻き込んでしまって┅┅。わたしね、海原(うなばら)家に復讐したかっただけなの。ま、さ、か、まったく関係ない葉那子ちゃんをさらってくるなんて┅┅」  一時間ほど歩いて、休憩のときに、(ばー)は言った。低声(こごえ)ではない。口からほとばしった言葉が、闇の中にこだまして、二重三重の輪になって葉那子の耳朶(じだ)を震わせた。 「あの別荘ね┅┅わたしたちの持ち物だったのよ。わたしが若い頃の話だけど。春奈のお気に入りの場所だった┅┅このあたりも毎日のように歩いたものだわ┅┅」  べつに婆は少女に聴かせるために喋っていたのではなかった。懐かしい夜のにおいが、木々のざわめきが、婆を()(かた)のある一点へ駆り立てていたらしかった。娘の春奈との思い出。夫は春奈の高校入学を待たずに急逝(きゅうせい)した。それからは女手一つで娘を育てた。大学の学資を捻出するために別荘を手放したのだ。  それが更地(さらち)にするためにまもなく工事がはじまることを耳にして、三か月前に一人でやって来た。鍵はかかっていたが、交換されていなかった。工事は施主とのトラブルで延期になったようだった。そのとき、婆は、一世一代の計画を思い立ったのだ。 「┅┅あと、一時間で、県道に出るわ。もうちょっとの辛抱よ。別荘を出るとき、警察に通報しておいたから」  婆は言う。 「うん、ちっとも、こわくないよ」  葉那子は答える。でも、夜が白みはじめる頃には、なにかとてつもなくおそろしい事が起こるのではないかと、突然、少女はそんな予感にうち震えていた。
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