かたしろのイオ

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かたしろのイオ

 五〇〇円玉様が、居ない。  あの魅惑的なきらきらの硬貨様が居ないだけで、俺は、俺は。  少年は夏のコンビニレジに立ちつくしていた。 「なーァ、ユキがどっか行ってんぞ。ごめんなさいねェ、姐さん。こいつちょっとやっかいな持病があって」  ユキテルの肩ごしにシュウサイがあやまる。  コンビニ店員のお姐さんに。  お姐さんは正社員らしい、じつに好感の持てる笑顔で、少年らを熱波の世界に返した。 「暑い! そしてアイスがうまい!」  シュータが叫んでる。  半裸で。 「おべべ着なさいよ、子供見てんぞ」  あきれるカナンは、ベンチで優雅にひと口アイスを頬張っている。  ここは公園だ。  夏の放課後の。  ユキテル、シュウサイ、シュータ、カナンの男子高生四名、その通り名バカルテットの、いつもの憩いの場だ。  カナンの隣にて、ユキテルが考えるヒトになっていた。  なんでだろう?  このところ財布が妙に寒い。  五〇〇円玉様がしょっちゅうなくなる気がする。 「無駄遣いしてないのにさァ」  泣くほど悔しかった。  今日の放課後は大好きな流星曹達が飲めるから、学校をがんばれたのに。  朝も昼も、お財布確認したのに。  なんで五〇〇円玉様おられないのさァ? 「ほれ、ユキに喜捨」  うなだれる友人に、カナンが救いのカップをさしだした。  流星曹達だ。  ユキテルの目が輝き、手はカップをひったくり、ちゅーッ、と、唇が、ストローをこう。  ああ、五臓六腑にしみわたる。  目をとじて健全なトリップをかます少年が所望していたもの。  流星曹達。  コンビニのこの夏限定品だ。  透明なリサイクル素材のカップの中、さわやかなスカイブルーの曹達に、星型の虹色ジュレが泳ぐ奇蹟のような飲み物。  ユキテルがぞっこんの一杯三五〇円。  五八〇円あっていいはずだったユキテルの財布には、八〇円しかなかった。  はー、と、息をつく体を、曹達の薄荷味爽快感がふきぬけてゆく。  さわやか。  熱と冷のコントラスト、これこそ、夏。 「カナン、ありがとな。喜捨つーても明日にでも返すわ」 「ん」  カナンはアイスの最後のひと口を堪能し、空容器をコンビニの袋に片付ける。  ユキテルも曹達を堪能したのを確認すると立ちあがった。  なんだろう? と、考えたユキテルに指し示す。  確認してユキテルはびっくりした。  シュウサイとシュータが、噴水の中で半裸の濡れ鼠できゃーきゃらはしゃいでいた。  ちっちゃい子数名まで一緒になってはしゃいでる。  若いお母さん達が、悲哀のこもった目で男子高生を見ていた。  いつものことだが、毎度毎度、ああ、もう。 「行っか」 「ああ、ティーチャかおまわりさんが来る前に」  回収班はお母さんらにあやまり、子どもらをなだめ、悪ノリ二匹を捕まえた。
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