かたしろのイオ

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 しっかしおかしいよな。  その日の宵の口、ユキテルは風呂あがりで自室のベッドに仰向けで居た。  何度財布を確認し考えてみても、無駄遣いの心当たりがない。  あっても、例の流星曹達を週イチで飲むくらいだ。  あの絶妙な大きさが愛しい硬貨、五〇〇円玉様を財布の中チャージしておいて。  扇風機の風が肌をなでる。  心地良い。  声がした。  ユキテル。  呼んでる。  ユキテル。  ねェ、ユキテル、私をおもいだして。  空から髪の長い少女が降りてきて切々とうったえかけていた。  いつのまにか朝だった。 「ドッペルゲンガーは、夢のなかでもアウト?」  学校の昼休み、バカルテットは昼餉の机を囲んでいた。  ユキテルの質問に、三名が首をかしげる。 「カナン、妄想得意じゃん。知識もあっし、知らね?」 「わからないな」 「なにー? 似てたの? その女の子」 「髪が長い以外、俺まんまの顔だった」  ふーん、と、シュータがちょっと考えたのち、瞳を輝かせた。 「なー、なー、あのさ。その子空から降りてきたんだろ? したら俺らみたいに、女の子が空から降りてきたら嬉しいもんのうちさ、性癖によっちゃ、その子がもし血の繋がらない妹だったら、チビるくらい嬉しくね?」  嗚呼!  と、四名で教室の天井をあおいだ。  シュータ天才!  話題がずれたことも気にせず、オタク入った四名は妄想で昼休みを終えた。  日々がめぐって金曜日、流星曹達の日がやってきた。  一週間がんばれたことへのごほうびの日だ。  放課後のユキテルはまたコンビニレジで固まった。  また五〇〇円玉様が、居ない。   またカナンが恵んでくれる。  いつもの公園で。  これであれ、もうトータル一ヶ月分くらいの負け。  それだけユキテルは、夏の挫折を味わってきた。 「いー人生経験じゃねーのよ」 「なァ?」  シュータとシュウサイ、脳天気組がからから笑う。  今日は噴水に飛び込んでない。  ただ、背後で遊ぶ幼子らが期待の目を向けている。 「な、ちょっと気分を変えさせてやろうか?」  カナンの語りが始まった。  知ってるか? 双子、て、思春期の自殺が多いんだってさ。  自分とそっくり同じ人間が居る、もし自分が居なくなっても、その穴は片割れがうめてくれる、自分は存在してもしなくてもどっちでもいい人間だ、そんな葛藤のなか生きるのがしんどくなって、死んじゃお、て、なっちゃう。 「と、な」 「ありがとうティーチャカナン。気分変わったよ、悪いほうに」 「え? どう云う話よ、今の」 「や、ユキが五〇〇円玉が消えるのと、夢に同じ顔の女出てくるのダブってる気がする、て、言ってたから」 「双子か! え? ユキ」 「ひとりっこだぞ? 俺」 「ま、何かはあると思っときなさいよ。何かがおきてんだから」  ベンチから立ったカナンが要領を得ないふうの三名の周りを、弧を描くように優雅なステップで一周した。  ちょっと演算したようだ。  ベンチに再び座り、ユキテルの眉間に人差し指をつきつけた。 「おまえさんね、ここ初夏から、五〇〇円玉が消えるたびに顔つきが変わってるんだよ」 「あ、わかる。目に光がふえてっぞ」 「あーあー、うん。なんか性感つーの? たくましくなってるよな」 「シュータ、精悍、のイントネーションイントネーション」  五百円玉様が消えてもなんだかちょっと良い気分のユキテルだった。  俺、どっか成長してるんだ。
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