何某は阿呆

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翌日、目を開けば昨日見た天井。 やはり夢ではない。 「あ、起きた。って言うかあの魔法なんだよ! 叫んでも声が出ないしィ!!」 「フリアか。 少し身体を清めたいのだが…」 この世界に風呂はあるのだろうか。 魔法的なご都合主義で用意してくれると助かる。 「無視…。はぁ、タオルと水持ってくるから待ってて」 どうやら無いらしい。 あったとしても庶民にまで普及している事は無いだろう。 「あら、起きたんですね。 朝食を用意したんです。食べられますか?」 「貰おう」 ティアが朝食を持って現れる。 パンとシチューのような食べ物だ。パンは石のように硬かったがシチューに浸して食べると悪くない。 「ところでティア」 「何でしょう?」 「僕は本来、友人のツテを辿って職に就く予定だったのだ。 しかし、フリアに刺されて数日を無駄にしてしまった。つまり約束の刻限を大幅に超えてしまったのだ。 僕のような田舎者を雇うだけで奇跡的な出来事だが、時間も守れない田舎者になってしまった以上、今行っても追い返されるだけだろう。 僕はフリアによってこれから生活していく基盤を失ったわけだ。住む場所も雇い主が貸し与えてくれる予定だったのでね。 さて、僕はどうしたら良いのだろうか」 ティアは真剣に聞いていた。 自分の監督不足によって一人の男を死に追いやり、今後の人生に大きな影響を与えてしまった。 ティアは責任感の強い女性だ。 「はい。全ての責任は私にあります。 貴方が次のお仕事を見つけるまで、私が貴方を養います」 よし!寄生主を手に入れたぞ! 我ながら最低であるが、僕は自分が最低であることを知っている。 そもそも、汗水垂らして働く方が阿呆なのだ。僕が一端の労働者として働く事は天と地がひっくり返っても有り得ない。 まぁでも、彼女に全てを任せるのは少し罪悪感がある。家事くらいならできるし、少しは動いてやろう。 今日の昼頃には彼女の家に向かうという話していると、タオルと水の入った木桶を持ったフリアが現れる。フリアに事の次第を話すと憤慨していた。 そもそもこんな事になったのはお前のせいだ、大いに反省しろ。 朝食を食べ、身体を清めるとティアの家に案内される。 初めてギルドの外へと出るが、まぁお馴染みの異世界である。ギルド一階の酒場では鎧を着た髭面の筋肉ダルマが酒を片手にバカ騒ぎをしており、外へ出ると馬車が通りを往来している。 耳が長い美しい女性はエルフだろう。そして頭から耳が生えた女性は犬の獣人といったところだろう。 「本当に来てしまったのだなぁ」 「どうかしたのですか?」 「いや、何でもないよ」 ティアの家はギルドから徒歩十分くらいの近場にある小さな一軒屋だった。 ティアの話では幼い頃に両親が他界し、自分を育ててくれた叔母も数ヶ月前に亡くなっているそうだ。フリアはティアの弟子として一緒に住んでいるらしい。 しかし、この二人には警戒心が無いのだろうか。 僕は男だ。性欲の獣となって二人を襲ってもおかしくない。 いや、もしかしたら襲ってくださいというメッセージを暗に伝えているのではないだろうか。 殺そうとしてしまった負い目があるとはいえ、見ず知らずの男と同居はしたくないだろうしな。 「それじゃあ私達はギルドの依頼を熟さなくてはいけないので出掛けてきますね。 家の中の物は自由に使っていいので」 「ティアさんと私の部屋は覗くなよ!」 そう言って二人は家を出ていく。 ふと、近くの壁に掛けられている鏡を見る。 「なるほど、襲われても撃退できるからか」 彼女達は女性だが、魔物と戦う戦士だ。 それに比べて私は運動も禄にしてこなかった貧弱男。警戒する方がおかしい。 「…出掛けるか」 兎に角情報だ。 僕に一番足りていないのは、この世界の常識である。故に街中を歩き、この世界の詳細な設定を知らねばならない。 部屋の中をぐるりと見渡せば、タンスの上に小さな袋が乗っている。中を開けてみると数枚の銅貨と銀貨が入っている。 「ふむ、拝借しよう」 家の物は自由に使っていいと言ったのはティアだ。お金を勝手に使っても問題無いだろう。 袋を袖に突っ込んで外へと出る。住宅街を抜けて先ほどの大通りに出ると道の端に出店が出ているのが見える。 どれも見たとこのない装飾品や食べ物ばかりが並べられている。 買う気が無いのだとバレて店主に睨まれてしまったため、そそくさと逃げて別の出店を見て回る。 「おや、これは…」 しばらく出店を見て回りながら大通りを歩いていると巨大な建造物が現れる。白亜の城、それは見た者を魅了するような美しさを持っている。西洋風の建造物。尖がった屋根が天を突き、周りには美しい庭が広がっている。 「誰でも入れるのか…」 入口を見ていると冒険者の姿をした屈強な男や年若い女性なども利用している。従業員にお金を渡す様子も見られない。 「ふむ、情報収集にはうってつけだな」 そろりそろりとまるで盗人にでもなった気分で白亜の城に潜入する。 自分のような人間がこのような綺麗な場所に入っても良いのだろうか。明らかに場違いだ。というか和服を着ている時点でこの世界に馴染めていない。 「おぉ、これはすごいな」 天まで貫く巨大なホール。中心には各階層に上ることができる螺旋階段。 壁にはびっしりと本棚が敷き詰められ、中心には本を読むスペースが設けられている。 それぞれが本を片手にリラックスしている。ここは庶民たちの憩い場となっているようだ。 「なるほど、巨大な図書館なのか、此処は…。 素晴らしい、実に素晴らしいじゃないか」 僕は感極まって手近にある本棚に近寄って何冊か選んで、机の上に置く。もしかしたら文字が読めないかもしれないと不安になったがそんなことはなく、異国の文字であろうと簡単に読むことができた。 「ふむ、ただ転移しただけなら読んだこともない異国の文字は読めないはずだ。となると、文字を読めるようにした誰かがいるということ…。 僕は誰かに連れてこられたのか?」 まぁ、だからどうしたというのだ。 僕には何もできない。僕は世界を怨む阿呆の一人。社会の塵である僕には世界を救うことも女の子を助けるために勇気を振り絞ることもできない。 「意味のないことは考えるべきではない」 僕は全てを忘れて異世界の物語に齧りつく。 気付いた時には夕方になっていた。
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