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「つーちゃん」と、啓子はコーヒーの紙コップを手にガラスの向こうを見た。雨粒が落ちはじめている。「わたしにだって嫉妬心はあるんだよ」
「え? ああ」
「若い頃、都会的で洗練されててしゅっとした男とわたしが付き合うなんて奇跡やったし、もし何かの間違いで付き合ったとしても、わたし、たぶん嫉妬で自滅してた。つーちゃんだってそうでしょ。30くらいの時は、わたしは圏外。見向きもしなかったよね、きっと」
「だからアホだったっての」
「正直になろうよ。そんなことで怒るほど、わたし子どもじゃないし。ね、わたしみたいな女に興味はなかった。そうでしょ?」
「うう、まあ。ああ、宮内は正しかった。そう思う」
「えらいえらい。過去の自分をアホって言えるまで成長した。でもね、昨日の話で思い出した。わたし、あの時は嫉妬の塊やった」
「あの時、って、ああ、輝が来た時」
「うん。それと嫌悪感。生まれながらにしてすべてを手に入れている女。それを当然やと思ってる女。わたしとはまったく違う世界に生きる女。こんな女、見たくないって思った。これも出発点は嫉妬。久しぶりのどろどろの嫉妬やった。だから撃退できた。輝さんのほうはプライドだけやった。プライド対嫉妬。醜い嫉妬の勝ち。でも、わたしはつーちゃんを信じることにした。輝さんに、なんの感情も残ってないって断言したつーちゃんを信じると、わたしが決めた。だから輝さんにはもう嫉妬しない。わたしが輝さんの写真を見たいって言うのは、きれいだったんだろうなあっていう純粋なミーハー的興味。テレビでどこかの国のロイヤル・ウェディングののニュースを見るのと同じ。だから、もういい。つーちゃんがいやなんだったら、もう見なくていい」
そうか、と言っただけで西澤は沈黙した。
結局、サンドイッチの半分は西澤の胃のなかにおさまり、ホテルまでは1本の傘を西澤が差して、啓子の肩を抱いて戻った。
部屋を出る前に、西澤が実家に電話を入れた。電話の相手は母親のようだった。
今日集まるのは、西澤の両親に加えて、兄夫婦とその息子、大介。大介には大学生の妹もいるが、今日はサークルの合宿があるとかで不参加だ。何のサークルかは西澤も知らない。
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