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「しかし田中さんは前の嫁とは随分と違うようだ。今日もおひとりで来られた。前の嫁より、自立した精神の持ち主だと思いました」
そうか、お嬢はおそらく『お父はん』と一緒に来たのだ。それにしても『自立した精神』とはすごい語彙じゃないか。いたな、こういう日本史の教師。どういうわけかヒミコと北条政子をこよなく愛していたおじいちゃん先生。
啓子の頭に一挙にさまざまな思いが乱れ飛んだ。
「ありがとうございます」と一応言っておいたが、あまり褒められたようには感じなかった。
「だから余計に心配です。また別の方向での分不相応なものを追い求めているのではないかと思うからです。聞けば、入籍もまだだというではないですか。大事なお嬢さんに中途半端な扱いをして、無礼です」
「いえ、それはわたしの責任でもあります」
啓子は、この点に関してだけはひとこと言っておかなければならないと口を開いた。ついでに『お嬢さん』という表現も訂正しようかと思ったが、それはやめておくことにした。
父親は驚いた顔をして啓子を見つめた。
「そうなのですか。諒承なさっているということですか。ならば、しっかりと熟考されたほうがいい。時間が経てば失望するかもしれません」
一体どっちなんだ。それにだいたいドラマなどではこういう場面で、まあまあお父さん、とか言って割って入ってくる人物がいるはずじゃないのか。それがそろいもそろって目の前の鮨に集中しているって、どういうことだ。つまりこの家ではこれが日常的風景だということか。
「次男だと思って放任しました。長男が聞き分けのいい子で、安心しすぎていました。そこは親として忸怩たる思いがあります。しかし、ここまで親の言うことを無視する人間に育つとは、呆れて物が言えません」
いや、かなり言っていると思うけど。そうツッコミたくなった時、西澤の『聞き流せ』という指令を思い出した。そうだ、右から左。
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