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「前の嫁とのことも、早くどうにかするようにと、顔を見るたびに言ってきました。いつまでもだらだらと放置していては向こう様にもご迷惑がかかる。ちゃんと向き合って話し合うなり、謝罪するなりして、きれいにしなくちゃいけないと、口を酸っぱくして言ってきたんです」
新しい恋人の前で前妻のことを言い続けるのって、かなり失礼じゃないか。しかもこっちから謝罪なんて、と西澤を盗み見た。英語が終わって歴史か数学か。まだ物理には取りかかっていないかもしれない。眉間に皺は寄っているが。
「ようやく話をつけたと思ったら、すぐさま次の女性を連れてくると言う。一体どういう道徳観念をしているのか。はっきり言っておきたいのは、親はそんな教育をしたつもりはないということです」
これはわたしも責められていると解釈していいのだろうか。
真剣に聞いていると自分も腹が立ってきそうなので、啓子はここで親族を観察することにした。
西澤は母親似だろう。兄のほうが父親の印象に近い。どこから見てもチャラ男の要素はない。しかし甥の大介はどことなく西澤に似ているような気がする。
「田中さんは、大学を卒業してすぐ、あの研究所に入られたのですか」
突然、質問を振られて少々うろたえた。道徳観念の話は啓子をも攻撃する結果になると気づいたのだろうか。
「え? あ、はい、そうです。あ、あの、大学院への進学も考えたのですが、自分が集中したいテーマで尊敬できる研究者がいらっしゃるということがわかったので、就職することに決めました。今はその方の研究室に所属させていただいています」
真実は微妙に違う。菅野に対する敬意は事実だが、院への進学をやめたのは、早く実家の世話から脱して遠くへ行きたいという気持ちが強かったからだ。
「おお、それは素晴らしい。勉強がお好きだったのですね」
いや、この人の言う勉強ではない、と思ったが、どこまで行っても会話はすれ違うばかりだとわかっていたので、一応肯定しておくことにした。
「そう、なんでしょうか」
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