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ゆっくりとひとりひとりを見まわした。全員が無表情で静止している。
母親は少しうつむいている。
兄嫁は焦点の合っていない目を正面の虚空に向けている。
兄は斜め上の何かを見ている。
大介だけが、啓子をまっすぐに見つめていた。口をぽかんと半開きにして、右手に箸を握ったまま彫像化していた。
しかし、啓子と目が合ったとわかった瞬間、大介は左手をゆっくりと肩近くまで挙げ、握った拳の親指をしっかりと立てた。サムアップ。
「今日は、これで失礼いたします」
そう言ってバッグを持って立とうとして、自分が人生最大といっていい窮地に陥っていることを知った。
立てない。足が痺れて感覚がない。30分も正座をしたのは何年ぶりだ。京都の祖母の法事。いや、あれは椅子だった。ということは、高校時代の茶道の体験クラス。
片手を座卓に突いて上半身を持ちあげてみるが、それ以上どうにもならない。両足がうんともすんともいってくれない。
西澤が啓子の顔を覗き込んだ。
顔をなるべくうしろに向けて口の動きだけで『立てない』と伝えた。
くっ、とこみあげてきた息を飲み込むのがわかった。
「おう、帰ろう」と言った声が震えている。笑いを堪えているのだ。
西澤が啓子の腕をしっかりと握った。ぐい、と持ちあげられる。
威勢よく啖呵を切って、直後に足が痺れてひっくり返るって、どんだけ無様なんだ。それだけは避けなければならない。
アキレス腱が切れているわけでも骨折しているわけでもない。ただ血流が滞っているだけだ。感覚はないけれど、この足で歩いても大丈夫だ。問題はない。後遺症が残ることもない。絶対にない。
決死の覚悟で両足で立ち、西澤に腕を取られた状態で、畳の上を能役者のように摺り足で移動した。
ぎゃあ、と叫びそうになるのを懸命に抑え込んで靴を履いた。
西澤が啓子の腕を握ったまま玄関扉を開けた時、奥から母親が出てきた。
「田中さん」と言って目を伏せたきり、次の言葉がない。
当然だろう。さすがの元国語教師でもこういう場面で何を言うべきかのお手本など、見たことも聞いたこともないはずだ。「あの、田中さん、あ、お土産、ありがとうございました。あ、あの、剛を、よろしくお願いします。また、あの、また、いらしてください」と、最後はほとんど聞こえないくらいだった。
二度と来るか、と言いたかったが、声を出すと、わー、か、ぎゃー、しか出てこないことがわかっていたので、無言で少しだけ頭を下げた。
西澤の横隔膜が細かく震えているのがはっきりと見えた。
目を上げると、座敷を隔てている襖が20センチほど開いたままで、そこから大介が半開きの口の顔を覗かせていた。
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