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 玄関を閉め、傘を開いた途端、西澤が盛大に噴き出した。 「最高、啓ちゃん、最高。台本ありのコントでも、こうはいかない」  傘を持ったまま体をふたつ折りにして笑いつづける。 「濡れる。痛い。あ、足が、あー、じんじんするー。濡れるって。傘、ちゃんと持ってよ」  西澤の腕につかまり、左右の足を交互にうしろに蹴りあげて血流を促した。 「はあ、息、止まるかと思った」 「痛快、最高。オチもバッチリ。どっかで見たぞ、こういうの」 「人の気も知らんと。どうすんのよ、わたし」 「いいっていいって。あ、歩けるか。車、こっちにまわしてこようか」 「ゆっくり、ゆっくり歩いて」 「わかった」  相合傘で、啓子が西澤の腕をつかみ、そろそろと駐車場まで行った。  何も知らない人がうしろ姿だけを見れば、哀愁に満ちた映画のラストシーンのようだと思ったかもしれない。  車を発進させると、西澤は何も言わなくなった。笑いの発作もおさまっている。  啓子の胸には後悔の念がじわじわと広がってきていた。なぜもうちょっと我慢できなかった。30分正座した足のように、頭も麻痺させておけばよかったのに。  なんでもそうだ。終わってから思う。もう少しやっておけば、もう少し続けていれば。  いくら嫌いだと言っても、西澤にとっては実の親だ。初対面の人間に厳しく拒絶されるのを見ているのはつらかったのではないだろうか。わたしだったらどうだろうと、啓子は立場を入れ換えてみた。自分の母親が西澤に罵倒されたら。爽快だ。ほらごらん。他人でもわかるのよ。でも西澤と父親の関係性を完全に把握しているわけではない。何十年もの時間をかけて作りあげられた親子関係は複雑だ。おそらく同じものは世の中にふたつとない。  やはりひとこと謝っておくべきだろう。せっかくの挨拶の場をおじゃんにしてしまったのだから。 「つーちゃん」 「話しかけるな」 「え?」 「今、話しかけないで」  うん、と口をつぐんだが、西澤が何を考えているのかわからない。  まっすぐ前を見て、真剣な面持ちでハンドルを握っている。
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