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 沈黙のまま、しばらく走った。  数分後、西澤は「やっぱりダメだ」とつぶやいて、コンビニの駐車場に車を乗り入れた。  いちばん端のスペースに頭から少し乱暴に入り、すぐにエンジンを切る。ワイパーが中途半端なところで止まった。  シートベルトを外して、両手をハンドルの上に乗せた。  ふうう、と大きく息を吐き、少し顔を伏せたままで言う。 「俺、今、啓ちゃんに話しかけられたら、泣く」 「え?」 「嬉しくて、泣く」  啓子もシートベルトを外した。  自分の手をハンドルの上の西澤の手に軽く重ねた。西澤は頑なに啓子を見ようとしない。  1分以上もそのままじっとしていただろうか。  やがて西澤はゆっくり息を吸い、吐いて、啓子の手を自分の両手で包み、口元に押し当てた。そして「啓ちゃん、ありがとう」と、手のなかに小さく落とした。  啓子はその手をほどき、西澤の首に両腕をまわして体を寄せた。耳元で、 「つーちゃん、大好き」とささやく。  西澤が啓子の背中を軽く、二度ほど叩いた。 「わかった。わかったから、もう言うな」 「なんで」 「歳とともに涙腺が緩くなってきた」  体を離すと、西澤は少しうつむいて、片手で啓子の頬から耳を優しく包み、撫でてくれた。それがとても心地良く、しばらくされるがままになっていた。 「ねえ、つーちゃん」 「ん?」 「わたしたちって、結構、お似合いの、カップルだよね」  ん、と声にならない声を出して、しばらく同じ動作を続けていたが、ふと驚いた顔をあげ、啓子を見た。 「啓ちゃん?」 「うん」 「啓ちゃん、今、『お似合いの夫婦』って言いかけた」 「え? い、いや、なんで」 「そうだろ」 「いや、違う。そんなことないよ」 「いや、そうだよ。絶対、そう言いそうになったよ」 「違うって。そんなことないって。ちゃんとカップルって言うたやん」 「いや、でも。ええ、そうかなあ。絶対にそうだと思ったんだけどなあ」 「違う、違います。つーちゃんの勘違いです。そんなことないって。あのさ、それより、ねえ、わたし、お腹、空いたんだけど」 「はあ?」 「だって、わたし、海苔巻き一個だよ。海苔巻き一個しか食べてないの。だからお腹空いた、お腹空いたあ。あー、お鮨食べたい。ねえ、お鮨、食べに行こう、お鮨。回らないやつ」 「ええ?」 「だって、だって、見てただけなんだよ、トロも鯛も。ウニもイクラも。ああ、食べたい。たまらなく食べたい。お鮨、食べたーい」 「回ってるやつならいい」 「ええー、いやだあ。回らないやつがいい」 「あのさ、俺たちこの連休中にどんだけ金、使ったか、わかってんのか。節約節約」 「ええー、でもー。あ、ああっ、そうや、あるやん。あるある」 「何が」 「お金。つーちゃん、指輪、売ったお金」 「あ、あれは、あれはダメだっ。何考えてんだ。あれは使い道が決まってるから、ダメだーっ」 「えー、でも、いつ使うかわからへんねんから、今、パーっと使っちゃおう。ね、お鮨、お鮨」 「回ってるやつで我慢しろ。行くぞ」と、エンジンをかけた。  ワイパーが勢いよく動きだした。
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