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「啓ちゃんさあ、まだ見たいかな」と、テーブルの啓子の前に持っていたものを置く。
白地の表紙に金文字で『寿』の長方形の厚紙。
なかには、おそらく新郎新婦の晴れ姿。
「ああ」と小さな声を出し、表紙を撫でた。
かつてはもっと白かったのだろう。今はすっかりくすんでしまっているが、畝が入り、銀箔が散らされた重厚な造りだった。
「あ、どこにあったの」と、横に立つ西澤を見上げた。
「俺の、下着の抽出しの底に、袋に入れて」
「えっ、ええっ。輝さんの花嫁姿、ずっとつーちゃんのパンツと靴下の下敷きになってたってこと?」
「うう、まあ、そういうことになるか。でも、ほかのはほんとに全部捨てた。スナップも。それだけ、残した。ほら、啓ちゃん、見ないのか?」
「見る。見るよ」
ゆっくりと表紙と薄紙をめくった。
洋装の新郎新婦の立ち姿が現れた。光沢のあるシルバーグレイのモーニングを着た西澤の横に、純白のウェディングドレス姿の輝。
「うわあ、きれい」
ため息とともに思わず声が出た。16年前の写真でもはっきりとわかる、モアレの入った張りのある重そうな生地のシンプルなドレス。手に持つブーケも白の胡蝶蘭。そして22歳の輝は、豪華なドレスにもまったく引けをとらない圧倒的な存在感で、薄っすらと笑みを浮かべてそこにいた。
指を写真の輝の上に這わせる。まるで生地の感触が味わえるかのように。
「俺は?」
「ああ、売れない演歌歌手」
「つれないなあ」
「だって、存在感で言ったら1対9だよ」
「まあ、そうだろうな。でさ、啓ちゃん、どう?」
「何が」
「着てみたくなった?」
「え?」と西澤を見上げる。
「ウェディングドレス」
「あ、ああ」と、写真に目を落とす。
「一生に一度だぞ」
「え?」と、また見上げる。
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