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西澤は自分の椅子を啓子の横に移動させて座った。
「啓ちゃん、一生に一度だ」と、啓子の手を握る。「いや、まあ俺は、2回めだけど、でも俺は啓ちゃんに2回めのチャンスを与えるつもりはない。だから一生に一度。これが最初で最後だ。わかるな」
「あ、ああ、うん」
「本当にわかってるのか? 今すぐ籍を入れたくないって言うんなら、それでいい。写真だけ撮りたいっていうのでもいい。俺ももう一度、演歌歌手になる。あ、ひとりで、ってのはナシな。俺とのツーショットだ。いいな。俺はな、俺は、絶対に啓ちゃんに二度めのチャンスはやらない。相手は、俺だ。わかるな」
「う、うん」
「だから、ちゃんと考えて。後悔しないように」
「後悔、か」
「そうだ。あとから、こうしておけばよかったって思うかどうかを考えて、なるべくそうならないほうを選べ。人間だから、何やったって、やっぱり後悔はするんだ。でもきっと、少なくすることはできる。どっちにすればいいのかわからなくなったら、1年後、2年後の自分に訊けばいい。どっちが後悔の分量が少ないか、訊くんだ。そうすれば、いい方法が見えてくるかもしれない」
そうか、それがこの人のやり方だったんだ、と啓子は納得した。
「うん、わかった。ちゃんと考える。女としてのメンタリティレベル、低いかもしれんけど、ちゃんと考える」
「そうか。うん、えらいえらい」
そう言って、啓子の頭を引き寄せ、唇を合わせてきた。蕪の漬物の味がした。
離したと思ったら、またすぐに合わせてくる。優しく長いキス。わたしの好きなやつだ、と啓子は思った。
この人にはもうわたしのいろいろなことを知られてしまった。でも、わたしもこの人のいろいろなことを知っている。
啓子が西澤のうなじに手を当てた。
長い長いキスが続く。
ようやく顔を離し、西澤がテーブルの上に開いたままで置かれていた写真の表紙を閉じた。
啓子がそれを裏返した。
ふたり同時に微笑み、深く激しいキスが始まった。
おしまい
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