6人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
あっ、と思った瞬間、支えをなくした身体は空中へと放り出されていた。
声を上げる暇もないほどの速さで、真っ逆さまに落ちていく。
抗えない重力に従い、灰色のアスファルトへ向かって――。
たった一瞬の出来事なのに、心臓が爆発するくらいの恐怖心がオレを支配する。
きっとオレは死ぬ。
このまま硬い地面に叩きつけられ、身体中の骨が折れ、そして……。
その後のグロテスクな想像を拒んだとき、ふっと落下のスピードが緩やかになる。
いや、オレがそう感じているだけで、実際はどうなのかは知らない。
そういえば昔、何かの本で読んだことがある。
一定の高さから落ちるとき、人間は時間の流れをゆっくりに感じるらしい。
そして、高揚感や安心感、中には幸福感を覚えるヤツさえいるとか――
そんなバカなと思っていたけれど、まさか身をもって証明することになるとは。
まるで、眠りながら雲の上に浮いているようだ。
意識が薄れるごとにふわふわとした心地よさが増す。
そのぼんやりとした脳内に思い描いた彼女に呟いた。
花開くようオレに微笑みかける、彼女に。
「大好きです。だから……ごめんなさい」
呟きははっきりとした音にならずに消え、それきりオレの思考は遮断された。
最初のコメントを投稿しよう!