第11話

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第11話

 この地獄という謎の空間で過ごす初めての夜を迎えた。  洞窟内に点在する篝火を一つに減らすと、周囲を仄かに照らす程度のぼんやりとした明かりに変わる。それは、隠れ家的なバーの雰囲気を連想させた。もっとも、そんなオシャレな場所でないのは明白なのだけれど。  サバイバルの命綱である火を消すなんて心許なくはないのかと思いきや、『精神世界』を生きているオレたちは暖をとらなければいけないわけではないし、火を利用して飲み水や食事を確保する必要もない。求めているのは『照明』だ。  翌日、一つ残った篝火を他のそれに移して再び数を増やせばいいし、万が一残りの一つが消えてしまったとしても、アンがジッポライターを持っている。それを使えばいい。  洞くつの奥から、リタさん、リリー、アン、オレの順に横になっていた。  リリーとアンは、大きめの葉などを集めてシーツ替わりにしていたようだ。 特に洋服を汚したくないというリリーは、毎日違うものに取り換え、水辺で洗い、よく乾かすという徹底っぷりだ。  オレとリタさんは手のかかった貴重なそれらを譲り受けて地べたに敷き、仰向けに寝転がる。  と、早くもリリーのすやすやとした寝息が聞こえてきた。それを追いかけるようにリタさんの、更にはアンの――と、それぞれさっさと眠りの世界に入っていってしまう。  片や、睡魔はなかなかオレのもとにやってこない。寧ろ、寝ようと思えば思うほどどんどん目が冴えてくる感じさえする。  寧ろ、何で他のみんなはそんなに暢気に寝てられるんだろうか。  リリーとアンは、もう慣れてしまったのかもしれない。「生きて現世に帰る」ということを諦めてしまっているみたいだし、もうどうにでもなれ状態で開き直っているのだとしたら、まあそういうこともあるのか。  でも、リタさんは?  リタさんはほぼオレと同じタイミングで此処へやってきた。まだ気持ちの整理なんてついていないはずだ。リリーに誘われ、四人で行動を共にして――やっと一人で考える時間ができたというのに、素直に眠っていて大丈夫なのだろうか。  ……いや。今は他人の心配をしている余裕なんてないか。どうするかを考えていかなければ。  どうするかって言っても……選択肢は二つしかないんだったな。  アンやリリーのように蜘蛛集めを諦め、自分の身が朽ちるのを待つか――『蜘蛛の糸』を掴むか。  『蜘蛛を奪い合い、もとから飼っていた蜘蛛を含め三匹集めることができた「クリミナル」は、現世へ戻ることが出来るって言われている』  平原で出会ったとき、アンはオレにそう言った。  オレは首筋の、蜘蛛の模様が浮かんでいる辺りにそっと触れる。  その話が本当であれば、三匹――つまり、あと二人分の蜘蛛を手に入れることができたら、オレは現世に帰ることが出来るのだ。当然、失くした記憶も戻ってくるだろう。  オレは視線だけアンのほうへ向けた。  此処にはオレの他に三人いる。全員寝ているし、男のアンから狙いを定めれば、蜘蛛を手に入れることはそこまで難しくないだろう。  でも、蜘蛛を奪うということは、その相手を消滅させてしまうことを意味する。  昼間に見掛けた中国系の女の悲痛な叫びが耳にこびり付いて離れない。  瞑った両瞼に思わず力を込めた。……そんな恐ろしいこと、オレはしたくない、と。  『どうせ朽ちるなら、ジタバタしたってしょうがないじゃん? だから、蜘蛛を奪い合う連中とは一線引きつつ、お互いを尊重しながら、ひっそりと終わりのときが来るまでを過ごそうって決めたんだ』  『ね、よかったら、リタとユーキもそうしない?』  歓迎会のときの会話を思い出しつつ――ならばやっぱり二人の言う通りに、蜘蛛を諦めるべきだろうか、との思いが頭を過る。それなら誰かと争わなくてもいいし、静かな気持ちで死を迎えることができる。  だけど、それでいいのだろうか?  後悔しないのだろうか――自分が誰で、どういう罪を犯して此処にやってきたのか。それらをろくに知ることができないまま、その『自分』としての一生を終えるなんて。  『此処で悔むのよ――あなたのその身が朽ちるまで。犯した罪を、ね』  能面女が言っていた――そう、これは罰なのだから。でも、自分の罪を知らなければ、悔やむことも、反省することもできないじゃないか。  本当は、まだ自分が犯罪者だったなんて認めたくはないし、仮にそうだったとしても最期のときくらいは静かに迎えたいと思う。  けど、それが正しいことなのだろうか?  オレが罪人で、犯した罪を心から詫びるなら、その記憶が必要だ。  ならば――どちらにしろ『蜘蛛の糸』を掴む努力は続けないといけないんじゃないだろうか?  他人を消滅させて、自分が生き長らえるだなんて恐ろしいことだけど……それがこの世界のシステムだというなら、不本意でも従わなければいけないんじゃないだろうか?  そこまで考えを巡らせて、オレは音を立てないように上半身を起こした。  頼りない明かりが、寝入る三人の姿をうっすらと照らしている。  オレは、自分の手のひらを枕代わりに規則正しい呼吸を繰り返すアンを眺めた。  右も左もわからないオレを、一度ならず二度までも助けてくれたアン。この人から蜘蛛を奪うのはとても気が引けるし、出来ればそんなことはしたくないのだけれど……。 「…………」  それでも、チャンスは今しかないと思った。  この先どうなるかはわからないのだ。こうして、無防備なアンと接触する機会はもう訪れないかもしれない。  なら、此処で奪うしかない。  彼が蜘蛛に固執していないのが幸いだ。ならばきっと生にも固執していないだろうから。少しだけ罪悪感が薄れる気がする。  ――早く。今だ。奪ってしまえ。  頭の中で、もうひとりのオレが囁くように指示をする。オレはごくりと唾を呑むと、ゆっくりと膝立ちの体勢に変える。  そして、意を決してアンの喉元に、震える手を伸ばした。
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