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第18話
――――いや、待てよ。まさか……。
俺たち三人が全員『スパイダー』になったら、蜘蛛集めの対象にはならなくなる。
つまり、蜘蛛が奪えなくなるってことだ。
アンはもしかしたら、俺たちの隙をついて蜘蛛を奪おうとしてるんじゃないのか?
出会ったときから、彼は蜘蛛集めに興味がないと言い切っていたけれど、それはフェイクで、本当は虎視眈々とチャンスを窺っているのだとしたら……。
そこまで考えて、首を横に振る。
もし今考えたことが真実だとして、チャンスはいくらでもあったはずだ。そう、今朝だってリタさんとふたりでザクロを採りに行っている。蜘蛛の場所さえわかれば、実行に移すいいタイミングだったはずだ。なのに、彼はそうしなかった。消滅へのタイムリミットは着々と近づいているのに……だ。
それに、アンが一緒に行動していたのはリリーだけで、オレやリタさんを仲間に誘ったのはそのリリーだ。とすると、アンが蜘蛛を集めるために仲間を募った線は薄い。
邪推をしてしまう自分が嫌になる。アンはオレを助けてくれた恩人だと、わかっているのに……。
「ユーキ、何難しい顔してるの?」
「……あ、いや」
リリーに指摘された通り、無意識に考え込んでしまっていたようだ。ひらりと片手を振って何でもないことを示す。
「ユーキ、怒ってんの? ごめんって。でも、それを聞いたからって気が変わったわけじゃないでしょ?」
「もちろん」
アンの問いにオレは頷いた。『スパイダー』になれることを知ったうえで、何もしないと決めたのだ。
彼を疑うのはやめよう。能面女には違ったみたいだけど、オレにとってはアンはいいヤツだ。それでいいじゃないか。
能面女とアンの間で揉め事でもあったんだろう。でも、それを聞いたところでオレがふたりの間を取り持つわけでもないし、意味がないような気がした。第一、どうせオレたちはそう遠くないうちに全員朽ち果てるのだ。
人生の終わりは静かに、穏やかに、迎えたいものだ。
「念のために訊くけど、リタも気持ちに変化はないんだよね?」
「うん、ない」
アンは、リタさんにも同様の質問を投げかける。やはり答えはイエスだった。
「よし、じゃあ改めて一致団結したってことで、今夜もザクロパーティーしますかね」
オレたちふたりから色好い返事を聞くことができたアンは、明るく言いながら立ち上がった。
正確な時刻はわからないものの、そろそろ夕食をとるくらいの時間だと思ったからだろう。滝の向こう側にうっすらと映る景色から知ることができるから。
「もうホント、見るのも嫌になりそうだけどねっ」
リリーも自身のスカートの裾をぱたぱたと払いながら立ち上がる。
「――本当に血の池まで魚釣りに行っちゃおうかな。ユーキ、明日付き合ってねっ」
「リリーがそう言ってたから軽く池のなかを覗いてみたけど、魚なんていなさそうだったよ」
「粘って探したら一匹くらいいるかもしれないでしょー。約束ね、約束っ」
「……はいはい、そんなに言うなら付き合うよ」
「わーい。ありがと、ユーキ」
よほどザクロ以外のものを口にしたいらしい。オレが了承すると、リリーは嬉々として小さく跳ねた。
リリーは可愛らしい顔立ちだし、小柄で守ってあげたくなるような容姿をしているのだから、普段からこうやってニコニコしていればいいのに。
どうも、最初に会ったときのキャンキャンとうるさい印象が強くて、気難しい子なのではと思っていたけれど、オレの思い込みだったのかもしれない。
「もしふたりが魚を見つけたら、私もそのうち獲りに行こうかな」
リタさんが膝を抱えて座ったまま、オレとリリーとを交互に見上げて言った。
……リタさんの顔を見つめていると何かを思い出せそうな気がするのに、結局閃きそうにない。その繰り返しだ。
オレはきっと、この人を知っている。それだけは確かだ。
彼女に対しては、アンやリリーとは違う親近感のようなものを感じる。
そのパーマのかかった柔らかそうな茶髪も、丸っこくて寂しげな瞳も、下唇にボリュームのある形のいい唇も……オレは今よりもずっと、近い位置で見つめていたような……。
「ユーキ? どうしたの、リタに見惚れたりして」
リリーの声がカットインして、オレの思考が途切れる。
「……いや」
見惚れていた――っていうのとはちょっと違う。けど、リタさんのことで頭がいっぱいだったのは事実だ。でも、また下手に刺激するようなことを言って、彼女を困らせたくない。
昨日のリタさんの怯えた顔が頭を過って、小さく首を横に振った。
「やだ、見惚れてなんてないよね。……今日はずっと歩き回ってたみたいだから、疲れてるんじゃない。ザクロパーティーとやらがが終わったら早く休みなよ?」
漸く腰を上げると、オレの肩を軽くぽんと叩いてリタさんが言った。
この人は、自分の記憶を取り戻したいとは思っていないのだろうか。
もしオレにそのヒントがあるとして、それを掘り下げてみたくはならないのだろうか?
オレを突き飛ばした件は、なかったことにしたようだ。そうしないと、オレと一緒に生活し辛いと考えたのかもしれないけど……。
「はい。……そうします」
オレは内心で複雑に感じつつも、笑顔で頷いてみせた。
その夜、オレは三人に金髪女と遭遇した話をしながら、相変わらずぼんやりと酸っぱいだけのザクロを食べたのだった。
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