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悲劇
幸せな時間が流れる婚約記念パーティーの最中、事件は起こった。
がたんっ、と派手な音を立てて何かが倒れるのと、藤代亜衣の絶叫はほとんど同時だった。
「きゃあああああぁっ! 京子!」
倒れたものの正体は、スカイブルーのドレスに身を包んだ本日のパーティーの主役・寺坂京子。
椅子から転げ落ちた彼女は、まるで赤鬼のような形相で喉元を掻きむしりながら、うつ伏せで地面をのたうち回っていた。
騒然とするパーティー会場。
倒れた際の衝撃で、亜衣が婚約祝いにとプレゼントしたばかりのカモミールの花束が机上から転がり落ち、京子の足元に散らばった。
突然の親友の異変に、亜衣は慌てて駆け寄る。
京子の隣に座っていたもう一人の主役・山口孝也もまた尋常じゃない事態をすぐさま察知し、倒れた彼女を抱き起こし、必死に肩を揺すり呼びかけた。
「京子! どうした! 京子!」
京子は悶え苦しむように浅い呼吸を繰り返していたが、「がっ」と小さくうめいた後、突然電池が切れたオモチャのように動かなくなった。
口から、咀嚼されて半分溶けかかったクッキーが、ころりと転がり出た。
「救急車!」
事態を一番近くで見ていた京子の友人・久能尊が叫ぶと同時に、呆気にとられて固まっていた人々が一斉に動き出す。
京子の高校の同級生である梶原博美が、一一九番に連絡を。その他の友人たちも会場の人に助けを求めたり、医療従事者がいないか呼びかけたり、各々が懸命に、今できる行動を起こした。
そんな中で孝也と亜衣は、京子の名を悲痛な声で呼び続けていた。
何度も、何度も。
しかし、彼女が呼びかけに応えることはなかった。
しばらくして救急隊が会場に到着した頃、京子の身体はすでに少しずつ冷たくなり始め、生気の抜けた顔はドレスの青とほとんど同化していた。
ポロポロと子供のように涙を流す亜衣。
半狂乱で京子の身体に縋りつく孝也。
ぎょろりと目を見開いたまま硬直してしまった京子。
そんな地獄のような光景を、その場にいる者たちは皆、ただ茫然と眺め続けていた。
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