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遭遇
その女の子は駅備え付けのベンチに腰かけ、トロトロと微睡んでいた。
年の頃は十三、四──つまりは僕より一つか二つ、年下に見えた。着ているものは白い小袖に緋色の袴。いわゆる巫女装束というやつだ。
この人はいったいどこの出身だろう、というのが僕がまず真っ先に抱いた疑問だった。巫女姿でありながら、彼女が醸し出す雰囲気はどこか異国的だった。彫りの深い顔。和風の装いにミスマッチな、肩までの長さのハニーブロンドの髪。そして頭頂部付近から突き出た三角耳と、袴の後部から垂れた尾。耳も九本の太ましいしっぽも、やはり髪と同じくブロンドだ。
そんな女の子なんて目に入らなかったかのように、それでいてその女の子を起こさないようにひっそりと、重たいボストンバッグを床に下ろしながら独りごちた。
「変わんないなぁ、ここ」
東京から新幹線と在来線を乗り継いで、約二時間半。関東と東北の境に位置するこの駅は、相も変わらず漱石先生言うところの「非人情の境地」を体現しているように見えた。
駅前には商店はもちろん、自動販売機の一台すらない。広告らしい広告と言えるものは、崩れかかった納屋にかけられた蚊取り線香や学生服のホーロー看板だけ。これでも東北を縦貫する幹線の駅なのだから、まったく恐れ入る。
こんな駅をわざわざ訪ねたりするのは、山菜採りのお年寄りか、物好きな鉄道マニアくらいのものだろう。
にもかかわらず、彼女は現れた。それも尻尾を九本も生やして。
首を捻って、考え込む──何かのコスプレの撮影だろうか? だとしたらすごく良くできたコスプレだ。何のアニメのキャラクターだろう? だいたいこのあたりがいわゆる“聖地”になっただなんて話は、聞いたこともないけどなぁ。
いずれにせよ、巫女のキャラクターなのに白い足袋を履いていないのは、いかにも片手落ちに思えた。
足袋だけではない。その女の子は靴もサンダルも持ってはいなかった。彼女はまったくの裸足だった。
そうしていささか無遠慮に、ジロジロ観察していたせいだろうか。
不意に一本の尻尾が、まるで異変を察知したかのように、もふりと動いた。
ぎょっとして、思わず凍りつく。
……たぶん、風のいたずらだったんだろう。うん、そうに決まってる。
だけど僕がそう自分に言い聞かせて言いくるめて、ようやく納得しかかった時。そんな僕の判断を嘲笑うかのように、またしても尻尾が動いた。
「うわっ」
思わず小さな悲鳴を上げてしまった──違う、コスプレなんかじゃない。
僕の悲鳴は、狐娘を完全に起こしてしまった。彼女は誰はばかることない大あくびを一つし、口の端の涎をぬぐい、そして──僕と目を合わせた。
彼女の方でも、僕を見てたいそう驚いたようだった。切れ長の目はぱっちりと見開かれ、九本の尻尾はすべて天をピンと指した。
そのまましばらく、言葉もなく見つめあう。八月のぬるい風が、そんな僕たちの間を吹き抜けていった。
「ど──どうも」
後退りしながら、僕はぎこちなく挨拶した。
途端に彼女は相好を崩した──口の端を吊り上げ、尖った犬歯をのぞかせる。細められた目は邪悪な光を帯びて、妖しく、だけど怖いくらいに美しく輝いていた。
かくして僕と藻は出会った。
そしてそれは、僕にとっては、文字通り世界を一変させてしまうほどの邂逅だった。
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