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帰郷
「痩せたんでないかい」対面して早々、祖母は心配そうにそう言った。
「友達によく言われるんだ、それ」
縮んだんじゃないか、とも。成長著しいクラスメートどもは、しょっちゅうそう言っては僕を冷やかすんだ。
僕──黒宮薫にとっては久しぶりの、療養の旅だった。
しばらくおさまっていた気管支喘息が再発したのはつい一ヶ月前、期末試験直後のことだった。この頃は大きな発作がなかっただけに、両親の反応は苛烈だった。夏休みが始まるや否や、有無を言わさず「空気がきれいなおばあちゃんのとこ」への旅行を命ぜられてしまったのだ。
たぶん、なかなか盆にも里帰りができないことへの罪滅ぼしも兼ねていたんだろう。
いずれにせよ、不満なんてあろうはずもなかった。共稼ぎで多忙の両親の苦境は僕にもなんとなく理解できたし、寂しがり屋の祖母の話し相手になるのも吝かではなかった。夏休みくらい顔を見せるのは、孫として果たすべき義務だとも思っている。それにちょっとした、東京を離れたい事情もあった。
そして、なんといっても、僕は祖母の家があるここ、由路野が大好きなのだ。
変わらない。僕が物心ついた頃から、この集落はまったく変わっていない。山も田んぼも、小魚が戯れる冷たい小川も、何もかもが昔のままだ。
ただ一点、見知らぬ狐娘が住み着いていることを除けば。
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