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「……あのー、ところでばあちゃん」
「はいはい」
「最近、この辺に誰か引っ越してきた? そうだなぁ──ちょうど僕と同じくらいの年の女子とか」
「いいや、誰も引っ越して来たりしないよ、こんな殺風景なとこ」
「それじゃあ、誰か外国人の知り合いがいたりする?」
「外人さん? いいや、いないね」
立て続けのおかしな質問に、訝しげに眉根を寄せて祖母は言った。「どうしたの、変なこと訊いて。もしかして座敷わらしでも見たのかい」
「いやぁ、まさか。ははは、は」
祖母が出してくれた茶を啜りながら、苦笑する──というより、無理に笑おうとした。扇風機が涼しい風を送っていたにもかかわらず、僕の背中は変に冷たい汗でじっとりと湿っていた。
実は狐耳と九本の尻尾を生やした女の子を見たんだ──なんて言ったら、正気を疑われてしまうだろう。
ましてやその子が、今この居間に鎮座ましましているなんて言ったら。
先刻の物憂げな調子はどこへやら。彼女は神棚の下に腕を組んで仁王立ちし、口元には相変わらず邪悪そのものの笑みを浮かべていた。
座卓の下で、爪を立てて腿を思い切りつねる。自分は変な夢を見ているわけではない、とわかる程度には痛かった。
そんな僕の背中を、祖母は優しく叩いた。「なんだか疲れてるみたいだね。どれ、じいちゃんの部屋で休むかい」
「ううん、平気。これくらいなんでもな──」
「おお、そうとも。休め休め」
狐娘が割って入ったのは、ちょうどその時だった。「わしの姿が見える人間に会うのは久しぶりじゃ。話したいことが山とあるのじゃ。今すぐ休め、のう?」
鈴でも転がしたようなよく通る声に、祖母はまったく気づかなかった。
狐娘を認知できるのは、どうやら僕だけらしかった。
傲岸不遜、唯我独尊。
そんな印象に唯一背いているのが、九本の尻尾のうちの一本だ。
偉そうにくるりと巻かれた“同輩たち”をよそに、その右から数えて四番目の尾は千切れんばかりに左右に振れていた。動くたびに両隣りの尾に手酷くぶつかっているのにも気づかない様子だ。
一度、一番大きくて艶やかな真ん中の尻尾が、たまりかねたようにピシャリとやったけれども、あんまり効き目はないようだった。
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