悪の再臨

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 こうして向かい合うと、やっぱり生粋の日本人とは思えなかった。色白でありながら、どことなく東南アジア出身といった趣だ──別に東南アジアになんて行ったことはないし、行きたいと思ったこともないんだけど。 「こら、聞いておるのか。本当のわしはな、こんなもんじゃないのじゃぞ。髪は(からす)の濡れ羽色じゃったし、すまいる? だってもっともっとぐらみーだったんじゃぞ。馬鹿にして、後で吠え面をかいたって知らんぞ」 「転生した、って言ったね。それじゃあ、君は本当に千年以上昔から生きている狐なんだ」 「やっぱりひとの話聞いてないな、このたわけ。誰が今そんな話をしているんじゃ──そういえば、汝はどうして、わしの姿が見えるんじゃろうか?」  僕は首を傾げざるをえなかった。 「さぁ、なんでだろうな。どうもうちの血筋って、他の人には見えないものが見えたりするらしいんだよ」  まさか自分までその能力を受け継いでいるなんて、思ってもみなかったけど。 「たとえば俺の叔父さん、つまり俺の親父の弟なんかは、座敷わらしと知り合いだって言うんだ。小説書いてる人なんだけど」  話しながら、僕は祖父の本棚をごそごそと漁っていた。 「子供だましのホラだと思ってたけど、たぶん本当だったんだろうな。ずーっと鳴かず飛ばすだったのに、急に売れ出したから──あったあった。ほら、『白き薔薇は凍った時間』。叔父さんの代表作なんだけど、暇があったらぜひ読んであげて。きっと喜ぶから」 「まだよくわかっていないようじゃな。わしはかの名高き白面金毛九尾(はくめんこんもうきゅうび)の狐、正真正銘の大妖怪なのじゃぞ。諸国を滅亡に導いた、怖いこわい悪の化身なのじゃ。王朝くらっしゃーなのじゃ。小便くさい田舎娘なんかと一緒にして、呑気に本など薦めてよい相手ではないのじゃぞ……ええいもう、さっきからどこを見ておるのじゃ」  僕は彼女の足先を見つめていた。  視線に気がついた彼女は、もぞもぞと足を組み直した。「なんじゃなんじゃ、ひとの足をじろじろ眺めまわしたりして、不埒者が。キモいんですけどマジで」 「足、ここに来る前にちゃんと拭いてくれたんだね」  取ってつけたような現代風の罵倒は聞き流して、僕は礼を言った。 「よく気がついてくれたね、ありがとう」  藻の足には、土のかけらひとつついていなかった。  彼女は明らかに面食らったようだった──袖で口元を覆い、あさっての方を向く。「れ、礼など言われる筋合いはないぞ。当然のことをしたまで、いや、ただ単に泥がまとわりついて気持ち悪かっただけじゃ。……調理場にかけてあった白い手拭い、勝手に使わせてもらったからな」  それ、食器を拭くための布巾じゃないかな。  そう言おうとして、結局やめておいた。  彼女の九本の尻尾は、混乱の極みにあった。あるものは立ったまま硬直し、またあるものは激しく左右に揺れていた。真ん中の尾などは虚勢を張ろうとしてはいるものの、うまく丸まりきれていなかった。  これ以上動揺させては、気の毒というものだ。
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