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二、
アカオは翁が思っていた以上によく働いた。朝は翁より早く起き、薪を割り、畑を耕す。山の奥にあるため池に行き、樽に水を入れ田畑に水をやり、山菜を見つけては採取してくる。申し分ない働きだった。翁もアカオに負けじと体を動かし、一緒に山に入って山仕事をしたが、アカオはそんな翁の体を気遣う優しい性格であった。
「おじいさん、ぼくが運びます」
大木を運ぶときも翁の代わりに木を持ち、
「おじいさん、ぼくが耕します」
畑の畝づくりも鍬を持って積極的に耕し、
「おじいさん、ぼくが作ります」
草鞋の編み方も一度教えると赤い手で器用に作ってみせた。
翁も最初は鬼の子だからと警戒していたが、真面目で穏やかなアカオと一緒に過ごすうちに、鬼に対して自分がいかに偏った見方をしていたのだということに気づかされた。
時に旅人が道に迷い、翁の家に訪ねてくることがあった。そんな時、アカオは旅人に正体がバレてしまわないように、家の裏口から山に入り野宿をし、見ず知らずの旅人に居場所を譲った事もあった。アカオは文句も言わず、自分が鬼であり人でない事が悪いと自分を責め、それどころか「ぼくと一緒に暮らしてくれてありがとうございます」と翁に感謝を述べるほどだった。
そんなある日。
山に入ったアカオは、傷だらけで息も絶え絶えなカラスを拾ってきた。翁にはカラスの命が風前の灯ように思え、山に返すようにアカオにすすめた。しかし、アカオはカラスの命を諦めなかった。アカオは三日三晩寝ず、カラスを献身的に世話し、カラスは一命を取り留めた。
「アカオ、恩に着るカァ」
カラスは言葉を話すことが出来た。元気を取り戻したカラスはアカオに感謝した。しかし、山に返せと言った翁の言葉を覚えており、翁の事は嫌いではないが、あまり好きにはなれなかった。
翁は不思議な事もあるものだと言葉を話すカラスを見て口を開けた。
「わしは七十年以上生きているが、喋るカラスは初めて見たなぁ」
人嫌いの翁と穏やかな鬼、言葉を解するカラス。
はみ出し者ばかりで、以前とは打って変わった賑やかな生活に翁は今まで感じたことのない不思議な暖かさを感じていた。
三人の生活はひっそりと穏やかに続いた。カラスもすっかり翁の家に住み着き、山菜の在り処や山に住む危険な熊と鉢合わせしないようにアカオと翁に知らせて、自分の役割と居場所を見出していた。
アカオはすくすくと成長した。翁と暮らし始めた時は齢十足らずだったが、気がつけば月日は流れ十年以上経ち、あっという間にアカオは立派な鬼へと成長した。身長も二メートを超え、肌の色も林檎のような朱色になり、二本のツノは五センチ程。薄い帽子では穴が開いてしまうほどだった。
「もう、一緒には暮らせないな」
翁はその姿を見て、アカオに告げた。翁は、出会った時より一回り小さくなっていた。
「でも、ぼく、おじいさんと一緒に暮らしたいです」
「ここに人は滅多に来ない。だが、旅人が訪ねてくる時がある。お前も今まではなんとかやり過ごしていたが、これからはそうもいかない。最初に約束した通り、この家から出て行って貰う」
翁の言葉にアカオは渋々自分を納得させた。
翁と共に生活をしたかったがこれ以上は翁に迷惑をかけてしまう。老いていく翁の先も心配であったが、元よりここにはずっと居られないとの約束をしていた。
「おじいさん、今まで、育てていただいて、ぼくと一緒に住んでくれてありがとうございました」
翁はアカオの言葉に返事はせず、頷いただけだった。
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