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三、
アカオは秋晴れの清々しい日に旅立つことに決めた。翁はアカオのために麓で群青色の鮮やかな羽織を買っていた。十年暮らしたアカオが旅立つはなむけに自分ができることを精一杯してやりたかった。おかげで懐は寂しくなったが、後悔はしていなかった。
「気をつけて行け」
翁はアカオに羽織を掛けた。カラスはアカオの肩に乗った。
「オレはアカオに着いて行くカァ」
「そうか」
翁は目を伏せた。その後、激しく咳き込んだ。
「…ゴホッ…ゴホッゴホッ」
「おじいさん、大丈夫ですか」
翁は手で口を押さえた。咳が落ち着き、離された手には血が着いていた。
「おじいさん、病気じゃあ…」
「…黙れ、さっさと行け! お前は今日出発すると決めただろう。わしの事には構うな」
翁はそう一気に言うと家の扉をピシャリと閉めた。
「ぼ、ぼく、どうしたら…」
アカオは肩に乗ったカラスを見た。
「あの爺さんはオレが死にかけの時、山に返せと言った。アカオがそれを振り切って手当をしてくれたから今、生きてると思っている。爺さんの事は嫌いじゃないが、好いてもない。人間達は自分達の立場が悪くなると手のひらを返す。オレの両親も人間に殺された。アカオと一緒だ。もうアカオは自由だ。好きに生きたらいいんじゃないのカァ?」
アカオは考えた。生まれて初めての自由だった。自由で何がしたいのか。アカオの心の中に両親を殺した人間達の恐ろしい顔が浮かんだ。しかし、あの冬の夜、路頭に迷ったアカオを受け入れてくれた翁も又、人間だった。
「ぼく、人間になりたい」
アカオの言葉にカラスはギョッとした。
「お前、本気か? お前の親もオレの親も人間に殺されたんだぞ? なんでよりにもよって人間になりたいだと言うんだ」
「ぼくが人間になれば、おじいさんと一緒に居られる。それに…」
「それに、なんだ?」
「それに、ぼくが人間になって、お金を稼げるようになればおじいさんの病気の薬も買える」
「あぁ、人の薬は金がないと買えないと聞くな」
「ぼく、お金を稼ぐために人間になるよ」
カラスはやれやれと首を振ったが、アカオは頭に巻いた布をキツく結び、群青色の羽織を見て足を前に踏み出した。
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