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五、
約束の頃合にアカオとカラスが医者の家に行くと戸口の前で人が群れを作っていた。建物の陰に隠れて二人は様子を覗いた。
「おっかぁの薬はどうなった」
「この子のひきつけの薬はないのですか」
「私の漢方の調合が今日って…」
人々は扉を叩き、言葉を発していた。アカオはカラスと顔を見合わせた。
「ほら見ろ、ヤブ医者だったんじゃないのカァ」
「そ、そ、そんな……」
アカオは折った右の角の根元がじくじくと痛む気がした。その痛みは心までもつついているように思えた。不意に涙がこぼれそうになるのをグッと堪えると背後に人の気配を感じた。アカオとカラスは勢いよく振り返った。
「お前、鬼だな。角を売ったのか、バカだな」
アカオは目を見開いた。そこには青い皮膚をしたアカオと同じ体格の鬼が立っていた。口から牙が覗き眼光は鋭い。
「鬼は角を折ると命を落とす。そんな事も知らないのか。人間達は鬼の角に値段をつける。見た目が珍く稀少、そして万能薬になり、大金を生むからだ」
「ば、万能薬?」
「それも知らないのか? 鬼の角を煎じて飲めば万病に効く。人間どころか生きる者すべてにだ」
「角を折ったら人間になれるんじゃ…」
「ハッ、そんなバカな話があるか。角を折ったら鬼は死ぬだけだ。人間にはなれない」
「でも、ぼくは人間になりたい。おじいさんと一緒に暮らしたいんです」
「おお、哀れな同胞。お前は医者に騙されたんじゃないのか。人間なんか俺達の力でねじ伏せてしまえる弱い生き物だろう」
「それでもぼくはおじいさんに貰った優しい気持ちを返せる人間になりたいんだ」
アカオは青鬼がまだ言葉を発しようとしていたのを振り切って、医者の家の前に立った。人々が叫び声を挙げた。女子供は避難し、男は刀を腰から抜き刃先をアカオに向けた。アカオは構わずに医者の家に押し入った。家の中はもぬけの殻で、床の間にある薬研をアカオは持って家から走り出た。
「あそこだッ! 鬼がいるぞッ! 逃すな」
「銃を持って来いッ! 思ったより足が速いな」
人々が銃や刀を持ってアカオを追いかけた。アカオは猛々しい脚で風のように駆けて、翁と暮した藁葺き屋根の家を目指した。
「人間が追ってくるカァ、でもアカオの足に追いつけるわけないカァ」
カラスはアカオの頭上を旋回しながら、人間に悪態をついた。
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