椿姫 弐

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椿姫 弐

約束の時間になって、俺は屋敷の門の前にたどり着いた。 金色の満月が明るく輝いていた。 門には「合格」の灯りがついていた。ほっとするのもつかの間、あまりにも大きな屋敷に、気圧されて足が固まった。 どうやって来たことを知らせるべきか悩んでいると、格子戸がからからと音を立てて開いた。 彼が、立っていた。 あのときと同じ、黒地に白い椿の着物に、薄灰色の帯を腰で締めていた。 顎のあたりまで伸ばした前髪と、対照的に短く刈り込んでいる襟足。 阿呆面をしていただろう俺を見ると、手に提げた椿の花を認め、表情を和らげた。 「お待ちしておりました」 「あっ、あの、森山ですっ」 緊張のあまり聞かれてもないのに名乗ってしまった。顔に血が登っているのが分かった。もちろん彼はこちらを覚えてはいないようだ。 彼は、きょとんとした顔で俺を見つめたが、いきなり吹き出して笑いだした。 「失礼しました…どうぞ、こちらです」 赤面したまま、彼の後について屋敷の中に入っていくと、長い長い回廊に出た。外から見た時には想像もつかない長さだった。 半分くらい来たところで、彼が止まった。 襖が開いて、彼に誘われるまま足を踏み入れると、そこは畳香る上品な座敷だった。 真ん中に布団が敷かれているのを認めて、俺はここに来た理由を急に思い出した。 布団の脇の盆に載せた徳利とお猪口は、この部屋によく似合っている。 面食らっている俺に向かって、彼は膝を折り三つ指立てて、頭を下げた。 「今宵はこころゆくまでおくつろぎくださいませ」 「あ……ありがとうございますっ…」 「…そんなに緊張しなくても」 急にくだけた口調になり微笑んだ彼に、俺は少しほっとした。さほど歳は違わないと見えるのに、和服のせいか大人びている。軽く首を傾けて、陽さんは尋ねてきた。 「こちらへは、初めて?」 「は、はい」 「若く見えるけど…」 「21です。ちゃんと、成人してますっ」 あわててしまい、大きな声を出してしまった。こんなことならスーツを着てくるんだったと後悔した。ふっと笑って、彼は徳利を持ち上げた。 「亮介くんと、呼ばせて貰ってもいいかな?僕は、あき、です。太陽の陽で、あき」 「あき、さん……」 陽さんは、俺に酒をすすめながらいろいろな話をして、巧みに緊張をほぐしてくれた。 見れば見るほど、陽さんはいい男だった。 俺は特に、陽さんの横顔が好きだった。いつか盗み見た男を抱いている横顔に惚れたのかもしれない。じっと見つめているのがばれて、またくすくすと笑われた。俺も笑って誤魔化したが、脇の下にじっとりと汗をかいている。 酒が入って、陽さんの顔も首筋も、ほんのりピンクに色づいている。 「21歳の亮介くんに、一晩のお代は…かなりきついんじゃない?」 「それは…、まあ、確かにきつい…です」 「大枚をはたいてでもここに来てくれたんだから、楽しんで行ってもらわないとね」 陽さんはお猪口を盆に戻し、俺の方に顔を近づけた。 いい香りがして、どきどきした。童貞でもないのに。いや、こっちに関してはまだ童貞か…などと考えているうちに、陽さんの唇が俺の唇を塞いだ。柔らかくて温かくて、くらくらした。同じ男性とは思えなかった。 「こんなに若くて可愛いお客様は初めてだから…サービスするよ。亮介は、どうして欲しくて来たの?」 急に呼び捨てにされて、俺の心臓が飛び上がった。 至近距離で陽さんが俺の目を覗きこみ、人差し指で俺の唇をつついた。 「あの…俺は…」 「抱かれたい?抱きたい?どちらでもお応えするよ」 「だ…抱…抱か…」 油汗が体中の毛穴という毛穴から吹き出した。抱かれたいから来たのに、言葉に出来なかった。 俺は、ゲイの自覚だけしかない。 男との経験がないから、いわゆるタチなのかネコなのかもわからない。 ただ、陽さんを見たときのショックは、直感に近いのだと思う。 ネコなのではないかと想像するも、経験がないのに高級娼館にいきなり飛び込むとは、我ながら無鉄砲だと思う。 混乱する頭の中を見透かしたように、陽さんが掛け布団をぽんぽんと叩いた。 「とりあえず……触ってみる?」 陽さんは掛け布団をめくり、そのうえに脚を伸ばして座った。そして膝を立てて、着物の合わせをゆっくりと左右に開いた。ぴったりと閉じたままの太腿を、目で俺に開くように促す。 俺は、震える手で陽さんの太腿を左右に押し開いた。 下着はつけていなかった。陽さんの性器は、剃毛されていて、自分のものとは別物に見えた。きれいだと思ってしまった。下腹部に血流が集まって、心臓がうるさい。 男が好きなんだと身体が言っている。 女性との経験はあったが、こんなに興奮したことはなかった。 触りたい。 喉がゴクリと上下に動いた。 俺はそっと手を伸ばした。 「ん……っ」 甘く勃ちかかっているそこに触れると、陽さんが小さく喘いだ。 掌で包み込むと、その中で次第に硬さを増しほどなくして完全に勃ちきった。 「……舐めて……」 陽さんの声が俺の背中を押した。俺は先端に唇をつけた。すでに先走りが溢れ出していて、俺は無我夢中で吸った。 「ん…っ…そう…上手……っあ…」 フェラをするのも初めてだった。性器の回りの肌は滑らかで、口に含めながら太腿の内側に触った。ちょうどよく筋肉のついた脚が、俺の身体を強く挟んでくれた。その拘束される感じが、さらに興奮する。 下半身に血液が集まりすぎて、痛いぐらいだった。 「亮介も……脱いで……」 胸を上下させて、陽さんが言った。 俺は、立ち上がって一気に服を脱いだ。パンツだけになったところで、陽さんが俺の下半身の前に跪いた。布越しに陽さんの舌が俺のそこを舐めあげ、思わず声が出た。 「大きいね……」 陽さんの言葉に、ただでさえ熱くなっていた俺のものが、硬くなるのが分かる。陽さんの着物が乱れて、うなじがあらわになっている。首から鎖骨のくぼみ、肩のラインが色っぽい。 俺がそっちに気を取られているうちに、俺のそこは陽さんの口の中に包まれていた。熱い舌が、信じられないくらい気持ちよかった。 陽さんの淫らな舌使いに、立っていることがつらくなってきた。 そして、自分でも触ったことのない部分に陽さんの指が侵入してきたとき、女性のような声が俺の口から飛び出した。
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