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────同時刻。
山南は土方の元を訪れていた。
「夜分遅くにすみません。
どうしても、見て欲しいものがありまして」
そう言った山南の手には、1冊の本があった。
「俺が学問に興味ねェって事、知ってるだろ?」
「これは武鑑です。 少し気になる事が」
土方が溜息をつく中、山南は武鑑の頁を捲りはじめ、やがてある頁でその手を止めると土方に武鑑を差し出した。
「この頁には姫路藩の事が書かれています。
私が注目したのは、此処です」
山南が指を差した部分には──。
"家老:河合良翰・河合秀臣" と書かれていた。
「ッ! これは……」
その文字を見た瞬間、土方の目は大きく見開かれた。山南は、そんな土方を見て頷いた。
「恐らく葵さんと血縁関係にある方かと。これならば3年前、袖の長い小袖を着ていた事・温かい料理を食べた事が無かった事に納得がいきます」
「成程なァ。葵は百姓の俺とは違ってとんでもねぇ御身分だったって事か。
……3年前から薄々そう思ってたけどよ。
まァ、この件はそっとしておいてやろうぜ、山南さん。何せ父親のせいで、武士道を重んじていた己まで脱藩者になっちまったんだからな。
もう二度と味わう事ができない姫路での平和な暮らしなぞ、掘り返しても辛ェだけだろ。
俺は葵が間者で無いと分かれば、それで充分だ」
山南はその言葉に口元を隠してクスクスと笑う。
「ふふっ、土方君は昔から鬼の様に見えますが、実は優しい人ですよね。
分かりました、2人だけの秘密にしましょう」
葵は無事身元を隠す事に成功したが、このように葵の身元についての2人の解釈は、在らぬ方向に進んでしまったのであった。
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*武鑑…… 諸大名及び旗本の氏名・禄高・系図・居城・家紋や主な臣下の氏名などを記した本。
※良翰はp186に登場する屏山を指します。
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