9. 芹沢一派

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「なあ、俺お前に惚れたわ。 隊士を辞めて俺の(めかけ)になる気はねぇか? こんな見窄(みすぼ)らしい浪士の格好はお前には勿体ねぇよ、綺麗な着物を着せてやるぜ」 そう言って舐める様な視線を葵の身体に走らせる。その視線に、葵は得体の知れない恐怖を感じた。 「止めて下さい、芹沢さん。 私は壬生浪士組の一員です。妾なんて……」 芹沢の腕を思い切り払いたかったが壬生浪士組内で近藤と同等の、あるいはそれ以上の権力を持つ彼に強く抵抗する事ができなかった。 葵が困りあぐねていた────その時。 沖田が葵の腰に手を回し、己の元へ引き寄せた。 そして凍てつく氷の様な瞳を芹沢に向ける。 「すみません、芹沢先生。 葵さんは俺の右腕なんです。 隊士である彼女が俺には必要不可欠故、先生の妾にする事だけは御勘弁を。 ……それでは、これにて失礼します」 沖田は一切感情の籠っていない声音でそう言うと葵の手首を掴んで足を襖の方へ進めた。 「えっ、沖田君、待っ……」 葵は芹沢から逃れる事ができ安堵した反面、彼を怒らせてしまったのではないかという不安に駆られる。 詫びの一言を入れて部屋を出たかったが、沖田に強い力で引っ張られているため足を止める事は叶わなかった。 その為せめてもと思い、芹沢の方へと顔を向けて軽く礼をして八木邸を後にした。
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