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その頃────。
為三郎は上機嫌で勇之助に話し掛けていた。
「まさか総司兄の "想い人" が壬生浪士組に入隊するなんて思いもしいひんかったな、勇之助」
「想い人……それって葵姉の事?」
「当たり前や。
いつも皆と敬語で話してるのに葵姉とだけは敬語抜きで話しとった。葵姉は "特別" なんや。
それに、忘れたん?
総司兄、八木邸に居た頃いつも短刀の手入れをしながら "葵さん、貴方に会いたい" って独り言を言うとったやんか。
こら恋患いやろ?」
為三郎がニヤリと笑うと、勇之助は相槌を打つ。
「そやなあ。毎日飽きもせずに短刀を愛おしげに見詰めとったもんな。
総司兄の色恋にウチらが気ぃついてるのに本人は気ぃついてなさそうやな。
面白そうやさかい、まだ総司兄には言わへんしよな、為兄」
「勿論言わへんで。
……なあ勇之助。
41番歌は今の総司兄の為の和歌かもしれへん」
「────ッ! 為兄、風流やなあ」
どうやら為三郎・勇之助は、ませた小童の様だ。
"恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか"
『私が恋をしているという噂が広まってしまったようだ。誰にも知られずにあなたの事を心の奥で密かに思いはじめたばかりなのに』
百人一首第41番歌。この和歌が今の沖田に相応しいものだと断言したのだから。
同時刻、前川邸では沖田がくしゃみを繰り返していたという。
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