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「え」
「煙草切れたから、買いに行ってたんだよ」
電気を点けて、スニーカーを脱ぎ散らかして上がり込む。
彼の定位置を邪魔するように俺がへたり込んでいるためか、彼は窓を開けて窓枠に腰掛けた。
俺は彼を見上げる。
煙草も点けず、少し不満げなような、それでいてそわそわしたような眼の彼と、呆けきった俺と、しばらく眼を合わせたまま時間がたった。
「…………さっきの、もう、言わねぇの?」
少し寂しそうな声を、まるきり信じていいのだろうか。
彼の膝に頭をもたせかけ、顔を見上げる。
渇く喉を軽く鳴らして、彼に告げる。
「……俺、何もねだらないから、
もしお前が何かくれるなら全部もらうけど、
でも、くれとか言わないから。
一個だけ……ここに、帰ってくるって言って。
帰ってこなくてもいいから。
ただ、そう言ってくれたら、俺、一生、平気」
「そう」
彼の細い指が俺の髪を梳く。
困ったような顔をしていて、切なくなって、自分の目元が水っぽくなるのがわかる。
「……、なぁ、さっきのは、もう無し?」
髪を梳いていた指が頬をそっとなぞる。
いざ彼を前にすると、彼の反応がつぶさにわかると、途端に臆病になってしまう。
「そんなの……、重いし」
言いたくないと俯くと、頬に添えられた手が頭を上げさせる。
「言えって」
一度ぐっと歯を噛んで、気持ちを口にする。
「好きだよ。
好きだ。
お前が毎日うちにいて、そこで煙草吸って、
一緒に飯食って一緒に寝て、そんなんだったら最高に幸せだよ。
もうずっと、お前が来るの待つためだけにここで暮らしてる。
……ほら、重い」
彼の手はもう一度頭に戻り、子供にするように表面を優しく撫でた。
俺は顔を上げて、彼の手を握る。
もう一度、彼の目をまっすぐ見て言った。
「好きだ」
「そっか」
「そっか、って」
決定的な言葉を言わせておきながら、彼は俺に何も言わない。
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