野良を待つ

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「……また、来たんだ」  古いアパートを引っ越せないのは、古い鉄製の階段を上がりきったときに、彼がいることがあるからだ。  彼は俺の部屋のドアに寄りかかって、煙草を吸っていた。  痩せぎすの体を包むのは黒い服で、細身のパンツに黒いTシャツ、それではもう寒いだろうというようなオーバーサイズのパーカーを羽織っている。  寒いせいで鮮明な細い月は、黒ずくめの彼を白っぽく照らし、煙草の煙を青く見せた。  彼の名前は知らない。あまり呼ぶ必要も無いのだ。  俺を見つめた彼は、切れ上がった二重の目をそっと緩ませて、煙草を深く吸いこんだ。  鍵穴に鍵を差し込んでひねる。安普請な鍵はカコッと音を立てて開いた。  ドアを引くと、彼は何も言わず、煙草を持ったまま部屋に上がった。  電気もつけずに窓辺に寄りかかってだらしなく座る。  雑に脱ぎ捨てられた黒のハイカットのスニーカーを眺めながら、自分の靴をゆっくり脱いだ。  電気をつけ、小さなローテーブルの上に携帯と鍵を置いた。  小さな冷蔵庫を開け、ビールを一本出すと、彼に渡してやる。  受け取って、黙って缶を開けた。  開いた缶の飲み口を見つめながらも、中々飲もうとしなかった。  それを横目にスーツを脱いで部屋着に着替え、財布を手に取って彼を見た。 「コンビニ行ってくる」  彼は何も言わずに、ビールに口をつけた。  飲んでいる間は、きっと帰らないだろう。  これはただの憶測で、いつだって彼は好きなときに消えてしまう。  近くのコンビニにつくと、カップめんを二つ手に取る。初めて会ったときも、彼はこれを食べていたなと思った。
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