10人が本棚に入れています
本棚に追加
エピローグ
暑い日が続いていたし、アブラゼミはまだ鳴いていた。
そんな風に夏を引きずった9月最初の登校日、始業式の日。
私は、土屋と肩を並べて家へと帰る途中だった。
「ったく、校長の話も年々伸びてるような気がすンな」
「仕方ないでしょ。もういい歳なんだろうし、ボケの始まりじゃない」
「相変わらずお前、毒舌だよな」
「悪かったね」
日陰を選ぶように、車線を跨いで右に行ったり左に行ったりする私を、土屋が追いかける。
「……それにしても、まさか『紺野楓失踪事件』が起こるとはな」
「でも無事解決したでしょ」
「それも俺と長澤のお陰だからな。感謝しろよ」
「事件の原因の一部は土屋だもん。だぁーれが」
「やっぱお前、可愛くないな」
「可愛くなくて結構」
そう言葉を交わしあいながらも、私達は笑っていた。
お互いに、その悪口が愛情表現だと解かっているからだ。
あの後、レイジのマンションから出てきた私を、土屋が酷く怒った。
何でこんな所に居るんだ、とか。どうして知らない男について行くんだ、とか。なんとか。
問い詰めるうちに少し瞳を潤ませたりして、結局二人揃って泣いた。
『俺のこと好きなら、お前に気ィあることくらい、気づけよ、バカ!』
土屋のあの台詞は、きっと何があっても忘れない。それくらい嬉しかった。
どうやら土屋は、私が告白した直後の中三の夏ごろから、私の事を意識するようになったらしい。
告白されたのが初めてで、返事の仕方がわからず断ってしまったのだという。
私に思いを打ち明けようとしてはいたけれど、全部裏目に出てしまう。そんなこんなで高三までズルズル。
……酷い話だ、と思った。それじゃあ私の悩みの半分は無駄だったってことになるのだから。
でもまぁ、仕方ないか。私も土屋も、好きな子を苛めるタイプなんだから。
「長澤に報告した時の騒ぎようったら凄かったな」
「うん、私も吃驚した」
葉月には、帰ったその日のうちに謝りに行った。
凄く心配したんだよって、葉月も其処で泣き出して。また私も泣いて。お陰で暫く顔中がヒリヒリ痛かった。
両親の方はというと、警察に届ける寸前で。
叩かれたし怒鳴られたけど、『帰ってこなかったら死のうかと思った』って最後にお母さんが呟いたのが、まだ耳の奥に残ってるような気がする。
「まぁ……でも、よかったよな。無事で」
「うん」
土屋の言葉にゆっくりと頷く。
あの日以来、レイジとは会っても居ないし、連絡もしてない。
私が夏期講習を受け初めて忙しくなったせいで、きちんとお礼をしに行けたのがつい先日。
でも、あのマンションにレイジの姿は無かった。多分、引っ越したんだと思う。
彼の行き先を探そうとして、何の手掛かりも無いことに気が付いて……本当に私は彼のことを何も知らなかったんだなって思った。
そう、結局私には解からなかったんだ。
何故、レイジが私を『助け』ようとしてくれたのかという、その理由を。
「な、どっか寄らねェ? 暑くて融けそう」
「んー、いいよ。何処行く?」
「何処でも。その辺のファストフードで良い」
それまで向かっていた住宅街の方角から、駅の方へと方向転換する。
夏休み、クーラーの効いた予備校の講義室で、彼の洩らした言葉を手掛かりに、一つ仮説を作った。
『んー、俺の母校だから』
『蝉の一生ってさ、アイ。名門校の受験戦争に似てるよね』
彼のパソコンデスクの下に、埃を被った六法全書を見つけたことがあった。
もしかして、レイジも私と同じだったんじゃないか。
私と同じように、昔、居場所を探していたんじゃないか。
……もし、そうなんだとしたら。
レイジに居場所は見つかったんだろうか。
レイジは、レイジ自身を許せているんだろうか―――
「信号変わるぞ、ほら」
目の前の横断歩道、その信号の青色が点滅し始める。
土屋が走り出そうと、手を差し伸べた。
「ん、行こう」
私はその手を取り、彼と共に走り出した。
ねぇ、レイジ。
もし、いつの日か貴方に会える時がきたら。
ここが私の居場所だと、胸を張れる様になっていたい。そう思うの。
だから私は此処に居る。
此処で、生きて行く。
最初のコメントを投稿しよう!