気づかなきゃ

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「ね、ね、こっち見て」 「…」 受け取り手不在の俺の声は、帰りのホームルームが終わり人影も疎らになった教室に虚しく溶け込んでいった。 俺の発言を着拒したそいつ、圭一は手元の小説をひたすらに読みふけている。 いつもの事だ、別に無視されたとは思わない。1度クラスメイトに大丈夫かと聞かれたが(俺が無視されまくるから心配したのだろう)、俺と圭一は小学の頃から一緒だった為、返事をしないのは物事に集中しているからだと分かってる。 もう何度か呼びかければ、ハッとした顔で振り向いて「ごめん、何か言った?」と悪気の無い顔で尋ねるのも、俺は知っている。 でも今日は軽く10回声を掛けても無視されるなんて、大層面白い小説に巡り会ったらしい。 上等だ、ぽっと出の本が11年一緒な俺らの友情に勝てると思うなよ。 「おい、悲しい顔したこーちゃんが圭一を見つめてるぞ。」 「…」 「こーちゃん が なかまに なりたそうに 圭一を みつめている ! 」 「…」 「今日夜ヒマ?明日休みだし徹夜で通信しよーぜ」 「…」 「…この間手柄横取りしたの謝るからさ、もう1回タッグ組もうぜ、なっ?」 「…」 「てかそろそろマジ学校閉まるぞ。こんな薄暗い中よく本読めんな。早く帰るぞ。」 「…」 「ここまできても無視かよ!!!」 ガンッと机を叩いても、相変わらず涼し気な顔で文字を追っている。 間違いない。これは面倒臭い程腹を立ててやがらぁ。 やっぱこの間通信で死にかけの敵横取りしてトドメ刺したの怒ってんのかな?そんな怒る?でもこいつ面倒臭いとこあるから「「おい!!!!!」」 背後から突然の大声に驚き、思わず触れていた圭一の机をなぎ倒す。それと同時に聞こえる、床に教科書が散らばる音、何かが割れる音。 「おい。四ノ宮、お前いつまで残るつもりだ!もう20時回るぞ!」 巡回指導員の多田先生だ。顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。だから帰りたかったのに。 「先生俺だけ怒んないでよ、圭一だってこの時間まで…あれ、」 慌てて弁明しようと振り返ったが、そこには俺がなぎ倒した机と散らばる教科書だけが残り、圭一の姿だけ忽然と消えていた。 マジで今さっきまで居たんです。と慌てて説明する俺に、怒りで顔を赤くしていた先生の表情がみるみる変わる。 なにそんなしょぼくれた顔してんだよ。鬼の指導員が聞いて呆れるぞ。おい。 「そ、そうか…。でももう帰れよ。親御さん心配してるぞ」 急にトーンダウンした先生を疑問に思ったが、とりあえずそれ以上の怒りは免れたらしい。離れていく足音を聞きながらホッと溜息をつき、これだけ整えてやるかと、散らかしてしまった教科書を拾う。 グチョッ あれ? なんでここらの本だけ濡れて、 びちょ濡れの教科書を退けると、黒い陶器片と共に押し潰された白菊。 なんで花なんて、 『康太』 居ないはずなのに、圭一の声が頭に響く。 『康太、』 そうか、圭一は、1週間前に、とっくに、 『ごめんな、康太』 現実から目を逸らすのも、限界みたいだ。 =
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