某気茶屋

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某気茶屋

 そう、ここは繁華街にある居酒屋『某気茶屋』。今日も我が店は、あらゆる「気」にあふれている。  その原動力となっているのが、各店員がそれぞれに放っている「気分」である。我が店ではスタッフの個性を重視して、各人の胸の名札に、苗字とともに「その日はどんな気分であるか」を表記している。その日の気分によって、挨拶も必然的に変わる。  ここがもしも『やるき茶屋』であるならば、店員の気分にかかわらず、注文を承った際の挨拶は「はい、よろこんで~!」と相場が決まっている。しかし我が店のモットーは「正直接客」であり、店員の気持ちに嘘をつきたくはない。  店員だって人間である以上、やる気のないときだってあるし、好きでもないのにただただ金のために仕事をしているという者もいるだろう。そういう気分は、たとえどんな言葉で飾ろうとも、お客様に伝わってしまうものだ。  気分と実際の言動のあいだにねじれがあると、以心伝心、その不穏な空気は必ずやお客様に伝わってしまう。だから我々はお客様に対して、あくまでも正直であることを心がけている。  たとえば呆村という大学生の男性アルバイト店員は、大事な試験前にもかかわらず、まったく勉強しないという至極「呑気」な気分でこの日の接客を行っていた。胸についた名札の下には、もちろん「呑気」と刻字されたテプラが貼ってある。
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