面影

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目星はついていた。初めての電話の後片手に収まる程度掛かってきた中で和輝は遠巻きに彼を見たのだろう。東京という大都会で微かに聞こえたコンビニ特有の音と、人通りの少なそうな周辺の音、そして決定打は和輝、今何処に居るのか聞いた時切れた電話、数分後送られてきた景色に残されたヒント。電信柱に括り付けられた札、調べればすぐに出てきた そして言った通り、和輝はスマホを捨てている様で掛けても聞こえるのは自動応答。小さな画面に表示された地図の道一本ずつ朝晩と歩いてやっと見付けた男、男は呑気にコンビニ店員をしていた、頭も悪そうで、なにも考えてなさそうな顔をして後ろを歩いても気付かない程に警戒心が薄い。家なんて簡単に特定出来た、腹が立つほど、何も無い平和な日々を過ごしてるらしい 「..和輝、」 定食屋の小さなテレビに映る兄の勇姿。周りの汚いサラリーマンはこんな奴こそ死んじまえ、なんて呟いていた。口許に寄せた箸を鼻に突っ込んでやりたい気分だったが注文した日替わり定食を取り消して店を出た、俺が殺すべきは違う 「あ、すみません、」 細道の角、誰かとぶつかった。咄嗟に出た謝罪の言葉を残して去ろうとした瞬間掴まれた腕、その腕を伝い顔を見れば佐々木真佑が其処に居た。和哉にとっては誤算、黒子も書かず接触しても意味が無い 「御免なさい、急いでるんです、離して」 「急いでるかも知れないけど、俺の卵どうしてくれんの!特売だったんだよ!給料日前の救いだったのに..」 一瞬呆気に取られた、卵云々で怒る程優しい世界で生きているのかと苛立ちが込み上がる。 「本当、すみません」 適当に頭を数回下げて被っていたフードに手が伸びるのが分かった和哉は腕を振り解いて逃げた、数百メートル走って角を曲がる、掴まれた箇所を撫で、後悔した。こんなに良い場面を逃すなんて、 「..まあ、次からやればいい、」 黒い画面に映る顔、左目尻に点を落として川辺へ向かう。橋の下、覗き込めばゆっくりと水が流れて清くさえ見える。其処へ忍ばせておいた佐々木真佑が映る写真を落とす。音もなく青い空を映した水へ落ちていく、どのくらい深いのだろうか。流されてしまうのだろうか。誰にも見付からずいつしか海へと流れて、深く深く落ちて行って、人も行けない底へと沈むのだろうか。 「俺が和輝を逃がしてあげるからね..」   昼前頃、彼奴の家の近くに居れば彼奴は足取り軽く出て来た、見失わない程度に距離をあけてついて行けば、ドラッグストア。 十分、二十分程度は戻らないだろう。脳内で計画を立て直して何度もシュミレーション、上手くいく確率は低い。浅めにフードを被って、角を曲がる。ドンッ、と鈍い音が響いて男が尻もちを着く、勢いが良すぎただろうか。反動に合わせて頭を動かしてフードを脱ぐ、一瞬にして男の瞳が揺らいだ、けれど吃驚したのは、口も動いた事..その口を塞いで腕を引けば都合良く人気のない路地に入った、叫ばれてしまえばアウト 「静かに、頼む」 そう心から懇願した、まさか名前を呼ばれそうになるだなんて考えてもなかった、口を塞ぐ手に力が増す。窒息死でもしてくれれば良いのに、なんて一瞬脳裏に過ぎった。眉を寄せたり下げたり、俺の反応を伺う様に幾度か頷いたからゆっくりと手を離した、叫ばれたら殺せばいいなんて安易な考えで。 顔を覗き込んで来る其奴の肩を掴んで、俺は精一杯平然を装って名を呼んだ。俺は声さえも、兄に似ている 数回の問答の末、手を取り合い、泣いた。主演男優賞並だ 家には簡単に入れた、自分が疑われ捕まるかも知れないなんて此奴はこれっぽっちも考えてない。呑気で、空っぽの頭なんだろうな。何してるか聞かれ、疑われてもほんの少し情が揺らぐ言葉を漏らせばまた簡単に信じた。 「かずくんはこういう事の出来る人じゃないって事は知ってるから」 失笑物だ。 そして漸く、自分が犯罪の片棒を担いでいる事に気付いた。これは腹を抱えて笑ってやりたかった、偶然に落ちたリモコンが偶然が重なりテレビをつける " 新しく入ったニュースです。先程xx市で死体で発見された女性、松本和輝容疑者と隣人トラブルがあった様です。 " " 何かしらの理由で家に立ち寄った所女性を見かけ怒りが湧いた。という事も考えられますね..現在も容疑者は逃亡中です。皆さん、警戒をお願いします " " 此処まで逃げ切れる、という事は援助する人がいるということでしょうか?..情報をお待ちしています。 " アナウンサーの声。其処で一言。なんで..なんて呟けば簡単、此奴の脳内は冤罪の二文字になっただろう その後、数日ぶりに風呂に入った、警察を呼ばれる可能性はゼロに近かった。けれど頭の中は如何すれば此奴がもっと深く嵌ってくれるかだった、そして如何すれば、佐々木真佑がどん底まで突き落とされ自ら命を絶つことを望むか 「俺、出ていくから」 そう告げれば明らかに表情を変えた、引けば、押してくる。当たり前の様にその言葉を拒否した。押される儘髪を乾かして居る時玄関の開閉音が聞こえた、もしも万が一もなかった。 所要時間は十五分程度、用意された服に着替えれば息を切らした男が戻る。安心した様に俺に向ける視線は俺にとって苦痛でしか無かった。 「馬鹿だな、真佑は」 本当に。呆れるほどに、
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