ヒロイン

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一週間、和輝は病室を訪れなかった。早帰りの日、久々に病室の扉を開けて姿を現した和輝の顔に申し訳なさは微塵もなくて、ベッドに教科書を広げて一緒に宿題をして、偶に教科書を読ませてくれて、ほんの少し授業というものを理解して、そして、 「真佑はな、勉強出来て、優しくて、」 " ささきまゆ "の話を聞かされる..真佑の話をする和輝の顔は、一段とキラキラしていて、俺が他の話に逸らしても逸らしても逸らしても、其奴は付き纏ってくる 「真佑くんは、..俺に会わせてくれないの?」 不意にそう聞いた。人伝に聞くより、この目で見てこの耳で聞きたい、そうすればきっと、きっと、この苛々も消えるはずだって 「あ、..そういえば和哉のこと、話してないかもしれない」 「..え、?」 「学校の奴らも多分、知らないんじゃないかなぁ..」 唐突に自分の存在がない事に気付かされた。子供らしく、へらへらと笑って言っとくねなんて吐く此奴の中にも、もう俺という存在は薄れているのかもしれない、そんな恐怖がぽつんと影を落とした瞬間だった。其れから、何日経っても和輝は其奴を連れてはこない。家族と来ても、すぐに出て行って、既に数年経った。病状は回復、薬も、管も減って、外に居られる時間も増えた、そしてある瞬間俺は神の存在が本物だと思い知らされる。 「..か、和輝、どうしたの?」 その日から三日ほど、身体を慣らす為に物心ついて初めて家の自室に居た。両親とは他愛もない話をして、夕方部屋に入ってきた和輝の顔を見てびっくり、涙と鼻水と汗でぐしゃぐしゃになった顔、擦られた所為か微かに腫れた瞼、俺の問い掛けに緩みきった涙腺から大粒の涙が落とされた 「ま、まゆが..」 「..真佑くんが?」 「ひ、ッこすって..俺、いやだ、」 嫌だ。そう言う和輝とは裏腹に俺の心は舞い上がった。薄れていた俺の存在が、きっと上書き出来て、其奴を跡形もなく消せるはず、そして、俺が和輝の中に色濃く残るはず。そう思って必死に宥めた。大丈夫、大丈夫、嫌だね、そうだよね、..俺の本音が出ないように、必死に喉奥で言葉を詰まらせて安い言葉を並べてみせた。数十分経った頃母親が異変に気付いて部屋を訪れ、和輝は抱き上げられてリビングに連れていかれた。一人残された俺は、手を握り締めて喜びを噛み締める。神様、ありがとう、邪魔者を消してくれたんだね。   一ヶ月半もすれば主治医からの許しも貰えて俺は学校へ通い始めた。新品のつるりと輝く黒いランドセルを背負って、クラスに入り、自己紹介をして、和輝の弟だと言う事にざわつく周りを横目に一つ空いた席を見詰める。其処は和輝が座っていた席、そして今俺が座るのは、佐々木真佑がいた席 「あ、..和哉くん、和輝くんどうしてる?」 ポニーテールを揺らした女の子が尋ねてきた、和輝は" 親友 "が転校して数日後から学校を休みがちになった、数日休んでは一日、数日休んでは、の繰り返し。家に居る姿は徐々に痩せて、喪失感を纏って同じ部屋のベッドで寝る日々。 「和輝は、..和輝は元気だよ。まゆ、くん?が居なくなって少し寂しいみたい」 「そっか!真佑くんと和輝くんって、凄く仲が良くて、」 ..はいはい。耳にたこ、本当、鬱陶しい。にこにこと笑って教えてくる彼女には申し訳ないけど突き飛ばしたい位に苛ついた。和輝が、佐々木真佑と仲がいいとかどうとか、俺には関係ない。佐々木真佑は居ない。居ない人間を、俺に押し付けないで。 「..あー、ごめんね。勉強したいから、」 なんて言えば彼女はごめんと残して離れた。和哉自身、勉強をしなければ行けないのは本当、けれど和哉は優れていた。未だ体力には自信はないものの、嫌でも時間があった、だから追い付く為に鉛筆を持った。漢字も、計算も、教えてくれる大人は周りに沢山居て、テレビをつければニュースも見れる、知能は著しく発達していた そう、次は、俺が和輝の全てになる。 俺の全てが和輝だった頃、あの狭い世界に居た頃のように 「和輝、ただいま!今日はね、」 共働きの両親、誰も居ないかの様な家の鍵を開けて部屋へ一目散へと走ってその姿を確認した。俺にしてくれた様に、とランドセルを降ろしながら声を掛けた瞬間衝撃を受けた 「..うるさい」 和輝のランドセルが和哉の肩に飛んでぶつかって、和哉が倒れるのと同時にランドセルも落ちた。中身は散らばって、その言葉だけが残された。その日、和輝は夜まで帰って来なかった。警察に保護されて、母親が少し苛ついた様に腕を掴んでリビングのソファに座らせてなんでこんな事をしたの、なんて言葉何度も何度も投げ付けて帰って来た父には溜息を吐かれ数十分後にはリビングに一人だった 「..和輝、大丈夫?」 俺を一瞥して部屋へ戻る、これが最初のサインだった。俺の全てだった和輝、俺はその全てにはなれない事に気付いた。
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