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夜中、公園のトイレで服を着替えた。本当に容態は回復してるのか見る為、そして、俺の存在を明かす為
元の服を鞄に詰め込んで包丁と死体は其の儘に廃虚となったデパートの近くに車を捨てた。歩いて、市内の大きい病院に向かった、車のボックスにあったマスクをして前髪を極力目に掛かるように下ろして。受付に、いつもより少し高い声で病室を聞き出し、向かった。途中スーツの男達とすれ違った、すぐに分かった、警察だと。
名前を確認して、部屋を開ける。一人部屋だった。余程重症だったのだろう、男は起き上がって和輝と呼んだ、否定しつつ椅子に座りながら教えてあげた
「兄さんには黒子があるんです」
知らなかった様だ、視線が彷徨い、吃っていた。何度かの問答の後、待てないかも。なんて言えば慌てていた、こう言えば此奴は必ず待ち合わせ場所に来る。数本の管とお友達に、なんて事はないだろう。帰る間際、言いたくもないが、最後のひと押し。
「兄は誰よりも貴方を大事に思っています。早く良くなってください」
パタ、と閉じた扉の前で吐き気がした。御前より俺が大事にされるべきだし、良くなって欲しいなんて全く思っていない。
ふらふらと歩く俺に看護師が声を掛けてくるが其れを交わして病院をでた、今日の夜中、彼奴は来る別れて必ず来る。来る事が彼奴にとって" 使命 "になっているから
「来てくれたのか..」
服を着替えて、ゴミ箱に捨てて数時間待ち惚け。男は息を切らして来た、服に隠れた刺傷は未だ痛々しいだろうに、" 和輝 "の身体を強く抱き締める腕は最初の頃より少し細くなった様に思える。
「弟に会ったんだろ?」
問い掛けた瞬間思い出した様頷いて聞いてなかった、と答えた男、そうだろう.." 和輝 "は御前に取られてしまった。見分け方を教えたからか揚々と黒子を撫でた。偽物なんて事も知らずに。その腕を掴んで足を進める、遅れる歩幅を如何にか埋めようと小走りする男を横目に、人気も、街灯もない道をただ記憶を頼りに歩く
それはそれは、昔。俺がまだ、管に繋がれていた時。
「綺麗な空気を吸えば、綺麗な血液になって、和哉も元気になるわ」
なんて変な理屈から長期の休みと俺の体調を見合わせて何度か、本当に数える程度来た。祖父母は死んだ。唯一、俺と和輝を平等に扱う大人は、呆気なく居なくなって抜け殻だけが残った
この家は、それなりの価値がある様で、両親は勿論、親戚一同壊すのを躊躇った。水道ガスを止めない理由は分かっていた、母だ。母はヒステリックが酷くなってから度々逃げる様に此処に来ていた。
「明日にでもコンビニで色々買ってくる」
" 真佑はゆっくり休んでろよ "
その痛みから、解放してやるから。
数十分寝た、いつも通り
歯を磨いて、マスクをしてコンビニへ出る。振り向かずとも分かる、身体を貫く視線。捕まらないで。早く帰ってきて。俺も行きたい。きっと色々な感情が入り混じった視線だ
「本当..なにも無くなったのか」
記憶上の道は、田んぼや川があって、其処には老人が居て、偶にガキが走って、なんてそれなりの田舎風景だったのに今は何も無い。川のせせらぎが煩く感じる程静かで、あるのは壊れたボロ屋と売地の看板だけ。これじゃ過疎地域以下
コンビニまで数十分、漸く着いた其処はやる気のない老け顔のお兄さんが一人でする、コンビニより小さい物だった、ハサミと包帯、消毒液と水とお茶と、数個のパン。店員は俺の顔をチラリともせず会計を済ませて、力のない礼を言っていた
三つの袋を揺らしながら元の道を歩く、この川は和輝と遊んだなとか、この田んぼで足が抜けなくて泣いたな、なんて記憶を辿りながら帰れば気持ちが安らいだのかもしれない
「..真佑」
見通しのいい十字路に差し掛かった所で男はぐるぐると周りを見ていた、マスクを外して声を掛ければ双眸を見開いて、口元は緩ませて俺を見た。視線を下げれば裸足、舗装されていない道路は裸足で歩くには耐えられない、俺の手元を見た男は一つ、荷物を取って空いた手を絡ませる。ぞわりと背筋が震える。その手を幾度か引かれ帰り道へと足を向ける
「かずくん」
「コンビニってそんなに遠い?」
「なら行かなくていいよ」
その言葉に顔を一瞥すれば薄ら目元に現れたクマ、瞳は虚ろで、偶に爪が食い込むほど握り締められる手。その手は細く、窶れている様に見えた
家に入り、袋を逆さまにして中身を出す。そうすれば言わずと上着を脱ぐ、血液で固まった包帯に水を含ませてゆっくりと外す。やっと固まった傷口がまた開く。消毒液を含ませたティッシュを推し当てれば歪む顔。
きっとすぐ死ぬ。今が殺し時。肋も浮き窶れ、力も弱まっている事だろう。
包帯を裂いた刃先をその傷口に突き刺す。面白いほど綺麗な音がした。引き攣った顔が此方を向いて問う、そう、御前はあの時に死んでもらうはずだったのになんで、
「ねえ、本当に俺が誰か、分かってないの?」
傷口を凝視する男に向かって問い返してみた。返事は変わらない。本当に、なんで、こんな男が選ばれたんだろうか
立って見下げれば眉を下げ、まるで何が悪かったのか分からない子供の様に此方を見て涙を浮かべる。そうだ、この顔、この瞳、和輝に笑い掛ける面影があって、嫌いだ。肩を蹴れば、面白い程痛みに呻く声が漏れた
「ねえ、アンタが言ったんだよ、黒子が見分けるポイントだって..」
フードを取って既に消えた黒子があった目尻を指先で叩いてやった。驚愕と恐怖が混じった顔がまた面白い。綺麗な鳥の囀りさえ笑い声に聞こえる。不必要になってしまったペンを男へと投げる、ペンは床へと落ち、転がって、男の身体に当たって止まる
「和輝はずーっと御前を想ってた、俺より御前を取るくらいだもん、俺より、産まれる前から一緒だった、途中でぽっと出の御前がなんで選ばれンの..」
綺麗に研がれ輝く包丁を片手に男の傍らにしゃがみ、身体の震えに伴い揺れるそのハサミを抜いた。痛いだろう。身体の痛みはすぐ消える、けど、心の痛みは付き纏うんだよ
「待って、違う..!」
叫ぶ真佑。分かっている、そんなつもりがない事くらい。けど、無自覚はタチが悪い。
「俺は、そういうつもりじゃなかったって言うの?俺の存在なんか御前が来てから要らなくなったんだ」
自分で言って、理解して、情けなくなる。俺は、此奴の立場には一生かけてもなれない。振り翳した包丁を広がった傷口に突き刺す、さっきより鋭くて、さっきより簡単に入る。包丁を左右に動かして肉を削ぐ、サラサラと溢れる血が服に染み込んで汚れていく
呻き、叫ぶ声が和輝に届いて、笑っていればいい。和輝は御前が居なくなって、壊れて、俺はその代わりになれなかった。此奴が居なければ、出会わなければ、俺は隣に立てて、和輝は笑っていられたのに
溢れる涙で視界が歪んで見たくない顔が更に歪んで丁度いい。熱い、頬に伝う涙が鬱陶しいけれど
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