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幸せな
「───────..っは、ぁ"、..」
その声は、俺が漏らした声だった。ゆっくりと、それはゆっくりと痛みが鮮明になって、何が、どうなっているのかが分かった。右肩、包丁の先端が埋まって、身体が痛みと恐怖に強張る。震える。
" 真佑 "
またその名前だ。愛おしい声は、聞きたかった声は、俺の、和哉という名前を呼んではくれなかった
愛おしそうに、優しい声で会話をしている。その間も俺の肩に押し込まれる包丁、力が抜けて、男が遠退く身体が危険だと知らせる様に熱くなって、真逆に指先だけはどんどん血の気が引いていく感覚に襲われる
「和輝、なんで、俺を刺してるの?」
ふっ、と鼻で笑われた、続いた答えは「邪魔だから」。痛みに耐え、和輝の顔が漸く見えた。首を少し傾げれば、言い聞かせる様にもう一度邪魔だと言われた。瞳が乾く。一瞬にして肩から抜かれた包丁片手に和輝は俺の前にしゃがんで、視線があう。
溜息、一つ。
「邪魔なんだよ、昔から。」
なんで、と理由を聞かずにはいられなかった。すらすらと出てきた理由に視界が歪む。俺は、病弱で産まれた、ということで和輝から" 自由な時間 "を奪っていたのだ。時間を奪われ、立場さえ取られ、和輝にとって不必要だった俺だけが残った。そう、タチが悪い俺が
「じゃあ、和輝はずっと、」
耳に入った言葉が、死ぬより、どれだけ辛いものだっただろう。痛みなんて忘れて叫んだ、自分でも何を言っているか分からない。けどこれだけは言える、俺は、和輝を..なんて言いたい事だけは言えなかった。残り少ない、一滴の理性がその言葉だけは吐き出させてくれなかった。
鋭い痛みが首を裂いた、人間、一瞬で死ねないのが残酷で、特に耳はギリギリまで聞こえるそうだ
徐々に遮られる視界が本能的に捉えたのは佐々木真佑だった、腹立たしい、忌わしい、妬ましい、羨ましい。けれど嬉しい。和輝の手が俺の瞳を覆う、ゆっくり、既に呼吸も儘ならない重い身体が壁へと寄せられて、ほんの少し苦しいが、最後、触れて貰えた。
最期、俺は、優しい手に殺された。
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