利子の分だけ

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 購買の自販機の前、「は?」と思わず声が出た。開いた財布の中には、十円玉が二枚。何でだよ、昨日もらったお小遣い――はそうだ、リビングのテーブルに置いたままじゃんか!  それにどうせ、五千円札は使えねぇ――項垂れて踵を返そうとしたら、後ろから女子の笑い声が聞こえた。振り返ると、中学が同じだった楠原(くすはら)だった。 「瀬川(せがわ)、お金ないの? かわいそー」  なんて言ってくる楠原の声は率直だけれど、嫌な感じがまったくない。裏表のない朗らかな性格がにじみでている。「しょうがないなー、恵んであげよう」ってわざと尊大な言い方をしながら、楠原は自販機に五百円玉を入れた。「何にする?」とあまりに自然に訊かれるものだから、「いちごミルク」とすんなり答えてしまう。答えてしまってから、うわ、普通に買ってもらってんじゃん、と自分の図々しさに焦った。楠原はいちごミルクのボタンと、パックじゃない方のちょっといいカフェオレのボタンを押した。 「あー……、ごめん、今度金返す」  歯切れの悪い声を出しながら、いちごミルクを受け取った。 「別にいいのに。昔のよしみ? みたいな?」 「いやそういうわけには」  俺がちょっと戸惑った声を出すと、楠原は「あは、律儀だねぇ」と軽やかに笑う。 「返すのはいつでもいいよ」  そう続けると、楠原はひらひらと手を振りながら踵を返した。でも、数歩進んだところで、「あ、」とこちらを振り返る。 「ご飯はあるの?」  首を傾げた楠原の視線の先は、パンや総菜のコーナーだ。 「うん、今日は弁当持ってきてるから」 「そ。よかった!」  楠原は肩越しに笑うと、今度こそ階段の方へ去って行った。  耳の奥、朗らかで軽やかな笑い声の名残が、かつての感情の名残まで連れてくるような。別に、好きってほど明確なものじゃなかったけど。気さくな楠原と話のは楽しいな、とかそのくらい。四組に彼氏がいるんだったな、と思い出せば、名残なんて簡単に手放せるくらいの、そんなものだけど。
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