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「……で? 今日は誰と取引をしてきたわけ?」
「いやぁ、それが強欲な政治家でして。彼は齢七十五にして、さらに十年の寿命を欲しがっていたのですよ」
「そうなの? ずいぶんこの世に執着したい人なのね」
「ええ。その我欲につけ込んで大金を貪るのが、我々悪魔の得意技です。彼は苦しみながらも払ってくれましたよ」
「苦しみながら? それって金銭的にって事?」
「いえいえ、彼は病床に伏せっていたのです。それも末期の肺ガンという重い病でね」
「末期ガンだったの? だったら寿命を欲しがるのも分かる話だわね」
「己がもう余命いくばくもない身だと知りながら、それでも首相の椅子を渇望するがあまり、悪魔と取引する事を選んだのでしょう。要するに、いいカモだったというわけでございます」
「えぇ、そういう理由なわけ? そこまでして首相になりたい人って、日本にいたかしら」
「由美様。わたくしが取引をする相手は、何も日本人ばかりではございませんよ。今回の〝顧客〟は、東欧の小さな国で野党の重鎮と呼ばれる人物だったのです」
「ああ、そうだったの。じゃあ今日は円でもらってきたわけじゃないのね」
「はい。ただ日本円に換算すると、およそ十億円になりました。だから今日のわたくしはウキウキなのでございます」
「じゅうおくえん!?」
余りの桁外れな金額に、あたしは思わず目が飛び出そうになった。
「もうその通貨は、闇ルートで円へと両替済みです。それにしてもお金というものは、あるところにはあるものなのですねぇ」
フィーナは高らかに笑った後、すっかり甘ったるくなったミルクティーをおいしそうにすする。
「ちょっと待ってよ。あなたこの間、寿命を買う時は十年で百十万円って言ってたわよね」
「ええ。それが何か?」
「いやいや、『それが何か?』じゃないわよ。そんな激安な値段で寿命を買っておきながら、売るときは十億もせしめるわけ?」
「そうでもしないと、儲けが出ないではありませんか」
「いくら何でも儲けすぎよ! そんなの暴利もいいとこじゃない」
「由美様、少し冷静になってくださいませ」
あたしが若干ヒートアップしてきたのを察したのか、フィーナが少し声のトーンを落として話し始めた。
「先ほど、寿命の売却価格について異論を仰いましたが、それでは由美様にお伺いします」
「な、何よ」
「寿命の取引レートは一体、誰がどうやって決めるのでございますか?」
「それは……」
「まず、日本には〝天寿〟という言葉がございます。これはすなわち、天によって定められた寿命の事。宗教あるいは神道を信じる者ならば、寿命は神が与えたもうたものだと考えるでしょう」
「まぁ、それが一般的でしょうね」
「ですが、その寿命を伸ばすのは、たとえ神でもなし得ない事なのです。しかるに、人間界には神が万能だと信じる愚かな者はごまんといる。嘆かわしい話だとは思いませんか?」
「あなたの言いたい事は分からないでもないけど、あたしのいる国では信仰の自由が認められているのよ。それを否定はできないわ」
「よろしい。ではこう考えましょう」
砂糖とミルクの配分が余程マッチしていたのか、あっという間に飲み干してしまった紅茶のおかわりをカップに注ぎながら、フィーナは話を続ける。
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