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「ねー、絵梨。今日合コンなんだけど来ない?」
昼休み。勤務先である百貨店の社食で、同僚の朋美が突然そう切り出した。
「……合コン? しかも今日って、随分急じゃない?」
「それがさ、女の子五人集めなきゃいけないのに、一人急にダメになっちゃって。ねっ、お願い! 絵梨がそういうの好きじゃないのは知ってるんだけど、今日だけ、今日だけ付き合ってよ」
「この通り!」と拝む朋美の必死な表情を見て、これは何か理由がありそうだと直感する。
「……何か特別な事情でもあるの?」
社会人の合コンたるもの、当日に一人や二人欠けることは珍しくない。ましてや朋美は私のカタブツな性格も知っているはずなのに。
「よくぞ聞いてくれました。実は、今日の相手はね――」
朋美は喜びを滲ませながら身を乗り出し、向かいに座る私にコソコソと耳打ちした。
「……それ、本当!?」
「本当、本当。だからさ、どうしても向こうの機嫌を損ねたくないんだよー」
びっくりした。どうやら今日の合コン相手は、その名を聞けば誰でも知っているような広告代理店の社員らしい。いわゆるエリートだ。しかも。
「今日のメンバーにね、そこの御曹司が交じってるらしいの、すごくない!? 運が良ければ社長夫人になれるかも!」
楽観的な朋美はもうその御曹司をオトした後みたいな言い方で、瞳を輝かせている。
俄然やる気の彼女とは対照的に、私は冷めて言った。
「そんなに上手くいくワケないよ。有名企業の御曹司なんてモテそうだし決まった相手がいるんじゃない? それか一人に決められないくらい遊んでるか」
「もー、夢がないなぁ。そんなの付き合ってみないと分かんないじゃない」
「まぁそうだけど。……朋美、最近妙に合コンの回数増えたよね」
いかにも男ウケするスレンダー美人の朋美は、その手の誘いがひっきりなしに来る。でも近頃、その頻度が半端ない。
「だって焦るじゃん。私たち今年で二十八歳で、この仕事もそう長いことは出来ないから、そろそろ結婚考えるでしょ。で、憧れの専業主婦生活に入るには、旦那様もそれなりのレベルじゃないと」
私たちは某百貨店の受付嬢だ。年を重ねるごとに職場には新しい子たちが入ってくる。入社当時は軽くパウダーをはたく程度でキレイに見えた肌も、知らない間に浮き出たほうれい線を隠すためにファンデを塗り込むようになった。この手の仕事は年齢に限界があり、私や朋美は微妙な時期に差し掛かっていた。
「っていうか、絵梨は焦らなすぎ。私と一緒で彼氏いないくせして合コンに来ないし、お見合いパーティみたいなのにも顔出さないんでしょ。仕事辞めたらどうしようとか、不安に思ったりしないの?」
「……それは」
不安じゃないといえば嘘になる。朋美の言う通り私は全く男っ気がないし、かといって出会いの場を広げる努力もしていない。小さい頃から漠然と30歳くらいまでにはフツーに結婚するんだろうと思っていたけど、実際そう上手くはいかない。
「うちのデパートだってそこそこ名前あるし、何たって私ら受付嬢だよ? 男ってそういうブランドに弱いんだって。その肩書きが使えるうちにさ、一緒にイイ人見つけようよ。……そういう意味で今日はチャンスなんだって。こんなラッキーな合コン、もうないかもよ」
朋美と違い至って平々凡々な容姿の私は、受付嬢なんて肩書きを得意気に使える精神は持ち合わせていないけど、心の片隅で燻っていた悩みの種に触れられると朋美の言葉に従った方がいいような気がしてくる。
こうして私は彼女が勧めるまま、対エリートとの合コンに参加する事になったんだけど……。
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