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"高嶺の花"
高い山の嶺に咲く花のように、遠くから見るばかりで、到底手に取ることができないものを言う。
少年の通う学校には、高嶺の花と呼ばれる人がいる。二年生の花巻 言葉。成績優秀。容姿端麗。多くの男子が憧れ、告白を試みる。だが、彼女は全て首を横に振った。まさに手に取ることができない花だ。
クラスのリーダー的存在の男子が口説き落そうとしたが、それも叶わなかった。何故か?ここで彼女の最大級の特徴が出てくる。
彼女は花の名前しか喋らないのだ。
は?と思うだろう。そんなことがあるわけないだろうと。だが、ホントのことなのだ。
例を挙げるとするならば、彼女の友達が「元気?」と尋ねる。すると、
「オステオスペルマム」と、彼女は笑顔で答える。何も知らない人からすればコミュニケーションの崩壊を疑うだろう。花の名前かどうかも分からないはずだ。
だが、彼女も意味もなく花の名前を言っているわけではない。その花の花言葉を調べれば、彼女の言いたいことが分かるのだ。ちなみに先程の“オステオスペルマム”、花言葉は『心も体も健康』。つまり、彼女は元気だということだ。
彼女と話すにはかなりの技量が試される。コミュニケーションの難易度がとてつもない。決して病気というわけではないが理由については不明である。
「ゴボウ?」
「ゴボウ...」
翌朝、ホームルームが始まる前の教室で、昨日の少年。園田 安芸和は机に突っ伏して、落ち込んでいた。その様子を彼の友達である田中が隣の席で頬杖をついて眺めている。
「なんで根菜?花しか喋らないじゃん。花巻って」
彼女の言葉遣いは周知の事実である。
「ゴボウにも花はあるんだよ...」
暗い雰囲気で答える安芸和はスマホの画面を見せる。そこには、
ゴボウ (花言葉 私にさわらないで)
「めちゃめちゃ拒絶されてるじゃん」
「ぐっ..」
拒絶という単語が響いたのか安芸和はますます落ち込んだ。
「でも、おかしくない?なんでここまで言われんの?何したの?お前」
「花を渡して告白した...。いや直接好きだとは言ってないけど、それなら分かるかなって」
「うわ、ロマンチストだな。何渡したの?」
「これ...」
そう言いながら、安芸和は机の中から昨日の花を取り出した。あの後、持って帰るのも辛く、かといってゴミ箱に捨てるのも憚られたので、とりあえず入れて置いたのだ。強く握ってしまった為か、ラッピング部分がクシャりと歪み、綺麗に咲いていた花も少しよれてしまっていた。
「何の花?」
「撫子」
二人は花に視線を落とす。花びらにはいくつもの浅い切れ込みがあり、外側は白く、中心にいくほど濃いピンク色をしていた。
「ふーん」
田中は慣れたフリック入力でスマホをいじりだす。花を時々チラリと見ながら。
撫子 (花言葉 純粋な愛)
「おぉー、痒い痒い。と感じてしまうのは、思春期特有かな?」
「子供ってことだろ」
「高校生なんだから、まだ子供でいいじゃん」
田中は続けて、スマホを触る。安芸和は花を机に置いた。これをどうしようか、捨ててしまうのは枯れてもないのに花が不憫だ。家に飾るのも、花巻の拒絶を思い出しそうで、耐えられそうにない。
彼女は花が好きだ。だから、告白の手段でこの方法を選んだのだ。とてつもない恥ずかしさが、襲ってきたが、好きな気持ちは押さえられない。一世一代と言うと仰々しく聞こえるかもしれないが、それほど真剣だったのだ。
だが、花巻は拒絶した。「ごめんなさい」や、「他に好きな人がいる」とかなら、まだ諦めがつく。彼女の口から、それらがそのまま出るとは思えないが。
花巻のあの一言が、安芸和の脳内に響き渡る。失恋。と言っていいのか、分からないほど乱暴な幕切れだった。
「それさぁ、ホントに撫子?」
「えっ?」
顔を上げた安芸和にずいっとスマホが近づけられる。画面には花が映っていた。安芸和が持っている花だ。
「これがなに?」
「セキチクって言うんだってこの花。お前が持ってるのって、これじゃない?」
そう言われた安芸和は画像と実物を交互に見比べる。確かに、似ている。
「セキチクは撫子科の花で、撫子とよく似てるんだと」
「て、ことは...」
安芸和はスマホをひったくり、険しい顔でスクロールしていく。そして、衝撃的な花言葉が目に飛び込んできた。
セキチク (花言葉 あなたが嫌いです)
「やっちまった...」
崩れ落ちる安芸和。それと同時に鳴り響くチャイムは同情のようにも聞こえた。
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