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腰に回された左手は、泣き止まない子供をなだめるように。うなじから後頭部へと髪を揉み込んだ右手は、慈しむように──こよなく甘やかされる。
「踏ん張ったついでに出社とかしてますけど、本当は怖くて堪らないんです。明日も当然そこに居てくれると思ってたから、葬儀までしたのに実感なくて。せめてあと一言くらいっ」
「うん、俺のお袋も突然居なくなったから解るよ」
「ご……めんなさ、私だけが辛いみたいな言い方をして」
「哀しみの大きさなんて比べられないでしょ」
私が本音を語る時を待っていたのかも知れません。それだけにあらず、鳥籠内の獲物を捕らえるタイミングまでも。
「どう、言いたい事言えて少しは落ち着いた」
「はい凄く」
「抱いていい」
「あいっ?」
「この涙が枯れるまで、うんと可愛がってあげようか」
唐突のお誘いに心中ジタバタする事およそ2分。優甘サイド一変、美馬さんのダークサイドが浮かび上がる。
唇間に僅かな隙間を作っては「パーティー会場での事だけど、もう一ついい」と付け加え、同時に両手が腰に食い込んだ。カクンと視界が飛ぶ。
「ひぁ──!?」
「ほんとうに頼ってるもんだからオヤジ殴りそうになったじゃない、たぁこの前で」
組み敷かれたというより、押さえ付けられている。気づけば上下逆転、貴方が寝そべっていた狭いソファへと張り付けになっていた。
「あっあれは私が悪くって、雄志さんは好意で協力してくれただけで──ひっ」
間髪なく鈍い衝撃音が耳を打ちつける。貴方がソファ脇の防音窓を思い切り叩いたのだ。おまけに私の股の間に膝をつき、逃げ道を閉ざした上で囁く。耳元へ、酷く恐ろしくいやらしく。
「とっくに気づいてるんでしょ、オヤジの気持ち」
喉が震えた、浸った涙が瞬く間に凍結した、囁きが意としたものによって。
やっぱり、私が誰を選ぼうとしているのかに気づいていた。
どこまで知っているの……結婚の事を話したのはアネゴ一人、父子不仲を承知の彼女が知らせるとは思えない。
「えと、美馬さん見かけによらずやきもち焼き……なんです、ね?」
「そんな生ぬるいものだと思う」
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