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しらばっくれるつもりの私に、貴方は指筋をつけていく。
綺麗過ぎる一本道。唇から下り、固唾を呑んでいる首を通り、それはシャツのVネックに引っ掛かる。終いには力を以ってシャツの繊維をも乱すのだ。
「ぁ──、美馬、さあん?」
この時、貴方は激高を鎮める術を知らないように見えました。例えるなら月光を仰ぎて嘆く狼のような。
「ほら、指先が滑っただけで欲しそうな目をする癖に。白浜の時から隙だらけだよねお前。躾け直されてみる、俺の感覚」
低温でも真っ直ぐに貫く眼差し、乙女心が震え上がる甘セリフ、じれったいくらいじっくり絆す触れ方。いつしか私にもほのか移っていた香り、CHANELの「EGOIST」。
目眩がするほど甘美で、熱くて、愛おしい──五感全てで受ける貴方の感覚を、忘れるわけがない。
だけど、だから。欲求に目を瞑り首をプイと横に向ける。
「何、誰かさんに気を使ってるの」
「雄志さんとはそんな関係じゃっ」
「だろうね、迫られたらお前は俺を思い出すんだろうし、優しいオヤジがそんなお前を抱くとは思えないし」
仮にも本当の親子だ。血の繋がりがあるからこそ許せないケースもある。雄志さんだってそうだ。本当は美馬さんに慕われたい癖していつも強く言えない。息子相手に痴情の縺れなど望んでいないだろうに。
今更だけど、今更だから。私はこのどちらかを選んではイケナイのではという気がしている。もっとも、貴方と云う鳥籠から逃がしてくれるのなら。
「美馬さ、私っ」
「いいよ、もがいて。いっそのこと、その羽根が折れるまで──もがきなよ」
「──っ、ぁう!」
フイッとツレなくなったと思えばフラッと戻って来て自分の物の如く扱う、なんてエゴイスティック。
「だめっだめえ! ここ会社だし、こんな展開想定外だし、私美馬さんとはもうっ」
「もう、手の掛かる子。こないだから心にもない嘘ついてるの、この口」
「んっむ──!」
ささやかな抵抗をして見せても、呆気ないものだ。強引に唇を割られただけで全身の力が抜けてしまう。また触れてもらえるのだと、感動すら胸を焦がす。
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