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涙が底をついてしまったのを確認すると貴方はおもむろに立ち上がるのだ。「土地の件は任せておいて」そう二度ポンポンと頭を撫で、乱したこの襟元に謝罪をするように私に背広を羽織らせて。
「枯れない涙があればいいのに」と呟けるようになった頃には、かけがえのない姿は跡形もなく消えていた。
唯一此処に残ったものは、美馬さんが眠りに就くまで目を通していただろう社長の業務日記。無心でペラペラ捲りながらも、自ら空けてしまった穴には冷たい風が吹き荒んでいた。
自分でもバカだと思う、大バカだ。何だかんだ言っても、私の怒り痛み哀しみ、切なさ……美馬さんが全て持って帰ってくれた事に今更気づくなんて。
「あ、れ? これ……」
自らの選択で首を締めた苦しさと、消える事のない無常感とで、抱き締められたままの体勢で抜け殻になっていた時。唯一動いていた手によって導かれ、必然的に目に留ったものがあった。それはノート一番最後のページに綴られた、沢山の「もう一言」でした。
─瀬奈ちゃんへ。貴女が私のノートを開いたと言う事は、何らかの理由で私は業務に就けなくなったのでしょうね……─
「おかあ、ちゃん……?」
明かりという灯りは窓から差し込む僅かな街灯のみ。その中でも目を凝らし必死で追い掛けた。遺書とは受け取り難い、私へのメッセージを。
「──お邪魔します。どなたか、いらっしゃいませんか?」
事務所に誰かが入って来た事にも気づかないくらい没頭していた。
「無用心だね、表扉に鍵かけてないなんて」
そのうち事務所内を見回っていた彼がついに私を探し当てたのでしょう。ノートを照らす少しばかりの灯りが遮られた事に苛立ちを感じ、フと視線を上げる。
「瀬奈? どうしたのこんな真っ暗な部屋で。その襟元、この背広……今度こそ刹那だね?」
そうだった、今日仕事終わったらご飯でも行こうって約束して……。
「雄志さん」
「うん?」
「お話したい事があります」
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