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言葉数は少ないながら一文字一文字を溢さずゆっくりした話し方、ハープの低音弦を弾いたようなハスキーボイス、その全てが魅力的ではあるけど私とは住む世界が違う人。
深入りしないようにしよう、この瞬間は確たる壁を作れていた。
「黒崎が勝ったらマグロを克服する方法を教えてあげる、もし俺が勝てば負ける毎に黒崎がその酒を一杯飲む、どう?」
「私は飲むだけでいいの? 美馬部長の欲しいモノが入っていないです、よ」
「入ってるよ」
「?」
これは甘い甘い誘惑トラップ。勝たせてくれそうな勝負ほど高くつくものはないのです。なのに私はダーツと聞いたが最後、乗らずにはいられなくなってしまうのだ。
「私、入社時の履歴書に書いちゃったくらい得意なんです。ダーツ」
「うん知ってる。履歴書読んで爆笑した」
「知っててハンデ下さるのですか? どうしてそんなに甘いの」
「甘くしとかないと乗ってくれないでしょ、黒崎」
お酒に関しては原液系さえ避ければ何杯飲んだってベロベロに酔う事はない。今が旬のイケイケチャラ男にマグロ脱却をご教授願えるなら千人力。何より私が負けてもリスクがないようにしてくれている。
──い~人なんだな~美馬部長って!
椅子の背もたれに上着を脱ぎ捨てている傍ら、私は数分前の屈辱も忘れ呑気にもノリノリになっていた。
バーテンのコタローくんが美馬部長の後ろで首を横に振り「やめとけ」のサインを出してくれていた事にも気づかずに。
「遊び方はオーソドックスな得点制、カウントアップにします?」
「いいよ、黒崎の好きなヤツで。コタロー、ダーツ空いてる?」
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