出会ってしまったから

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出会ってしまったから

春の人事異動でスキルアップした私。 年上の部下を持ち 気苦労が多く疲れていた。 その日の午後も会議が詰まっていた。 報告ばかりで退屈な会議。 仕方ない仕事だから。 睡魔との戦いで会議が終わる。 頭がぼーっとして 何も考えられない。 「顔色悪いよ? いつも頑張ってくれてありがとう」と後ろから声をかけられた。 その聞き覚えのある声が優しく響いた。 声の主は次長だ。 エリートなのに それを感じさせない笑顔で彼は立っていた。 慌てて立ち上がろうとした。 頭が真っ白になる。 声が出ない。 意識が遠のく時に考えたのは 仕事と家庭のことだった。 ダメ。しっかりしなきゃ。 急いで資料を綴じて 戻らなくちゃ… 戻らなくちゃ、早く戻ろう。 心は焦ってるのに周囲が色褪せる。 遠のく意識の中で聞こえる。 「ダメだ。座ってなさい」 声の主は私の額を触る。 「真っ青じゃないか? 冷や汗かいてるぞ!!!」 「お願い…病院行きたくないです」 病院にはいけないのだ。 ペットボトルのキャップを空ける音がする。 促されるようにしてスポーツドリンクを1口飲む。 今朝から何も口にしてない。 「ゆっくりでいいよ。 もう少し飲んで…気持ち悪くない?」次長の声。 少しずつ 周囲に色が戻る。 声は耳の近くで聞こえた。 「大丈夫かい?」 初めて声の主と目が合った。 「評判は聞いてたけど キミは頑張りすぎだよ。」 急いで立ち上がろうとすると 「もう少し座ってなさい」 と優しく言う次長。 「ありがとうございます」 小さな声が出せるようになった。 次長が私の言葉に被せるように言った。 「LINE交換しようか?」 「え?」 「打ち合わせだよ」 断る間もなくスマホが私の前に出される。 次長の顔が私のすぐ右隣で 息遣いが聞こえる。 次の仕事のために連絡先を交換すると次長は釘を刺すように言った。 「今日は帰りなさい。 これは命令だよ。」 ダメだ。帰りない。 仕事があるから…。 「大丈夫です。戻れます」 私はしっかりと伝えた。 「仕方ない。 可愛いから許しちゃう。」 次長がドアを開けてくれた。 並んで会議室から出ると 「お疲れ様でした」 「お先に失礼します」 色々な声が聞こえた。 「今日は早く帰る業務命令だ」次長が私をエレベーターに乗せながら言った。 「ゆっくり休みなさい」 エレベーターは静かに閉じた。 課に戻ると誰もいなかった。 後で知ったのだが会議中に 顔色が悪い私を気遣い次長が早く帰るように仕向けてくれていた。 駅に向かう私のスマホがなる。 『お疲れ様。 頑張りすぎてるみたいだから 今日はゆっくり休んでください。木曜日にまた。』 次長からだった。 「……」なぜだろう? 涙が出てきた。 帰らなくちゃ 夫がいる家に。 重い足を引きづった。
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