絶滅日和

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「マスターも見たんでしょ、その花」私はためしに尋ねてみる。「なんていう花だったの」 「さぁ、何だったかなぁ。あんまり気味が悪いから、ろくに見ないですぐ捨てちまったんだ」  そのお客さんは、注文したコーヒーを飲みもせず、ただ黒々とした液体の表面をしげしげと見つめていたのだそうだ。  皿やカップを洗い終えたマスターがふと顔を上げると、彼はすでに姿を消していたらしい。誰もいなくなった席には彼の鞄と冷めてしまったカップ、それにやはり一輪の花が残されていたという。  スマホを取り出し、スピッターのアプリを開く。  タイムラインをどこまで遡っても、目につく投稿はbotと呼ばれる自動投稿システムによるものばかり。ペットや風景の写真をたくさん載せていたあのフォロワーさんも、毎日飽きもせず己の容姿への呪詛を撒き散らしていた私の友人も、みんなどうしてしまったのだろう。どうして誰も投稿しないんだろう。緊急事態宣言が出された今、もはや残された娯楽なんてSNSくらいしかないはずなのに。  ため息を一つ。それからアプリを閉じ、伝票を持って立ち上がる──人気のないタイムラインを見るほど気が滅入ることはない。わかっているくせに、つい覗いてしまう自分が嫌でたまらない。  お会計を済ませている時、不意にマスターが「あ」と呟いた。 「そうだ、思い出したぞ。あの花の名前」 「何?」 「睡蓮だよ。そうだ、ありゃ睡蓮だ。ここは水辺じゃないから、すぐそれとわからなかった──うん、間違いないよ。睡蓮だ睡蓮だ」
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