運転手の話

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 停車したのが人通りの多い××商店街だったこともあり、女性が消え失せてからも私の仕事はたっぷりと用意されていました。一組運び終えれば次の組が待ち構えている、なんて具合で、こちらから客呼びせずとも引っ切り無しにお客さんが押し掛けてくる状況でしたよ。  無論その全員に全力で対応し、快い時間を提供できるよう努めましたよ。しかし……それだけ仕事に追われながらも、私は勤務時間を終えるまで、いや、勤務時間を終えてからも、あの女性のことで頭がいっぱいでした。それは人ならざる者への恐怖ではなく、彼女という存在への興味が原因のようでした。  まあ、流石に翌日には女性への関心も薄れ、いつも通り車体の点検や点呼を完了した後、しゃんとした態度でその日の業務に取り組み始めました。でも、そこから数人のお客を送り届けたまでは良かったのですが、夜が近づくにつれて、またあの幽霊女のことばかり気になりだしました。彼女は二日間にわたってこの車を利用している。二度あることは三度あると言うように、もしかしたら今夜も私の所に出現するかもしれない。いつものように傾き始めた太陽を横目に、私はそんなことを考えました。  でも、彼女のことを思うたびに震えが起こった前回と違い、私にとってそれは悲嘆的な予測ではありませんでした。むしろ……彼女の到来が待ち遠しいという、これまでならあり得なかった感情を、己の中に見出しました。  夕闇が深まりだした頃合いを見計らって、私は一旦人通りの多い街道から離れ、少し外れた裏道に入りました。そして周囲に人目がないことを確認すると、適当な場所で車を停め、ルームミラーに注目しました。それはあの女性が現れることを見越した上でとった行動でした。  おかしな話ですよね。初日はあれだけ怖がっていたというのに、三日目にはこちらから彼女を待ち構えるようになるなんて! でも、当時の私は真剣でした。来るべき客人を全力で迎えようと、意気込みまくっていた次第です。  太陽はぐんぐんと下降していき、やがて建物の影に隠れて見えなくなりました。路地には明かりらしい明かりが一切無かったため、その時点でライト無しには動けないほど真っ暗でした。  しかし、藍色の空にはまだ紅が混じっており、完全な夜の到来までは、まだまだ時間が掛かりそうでした。私は空が少しずつ黒ずんでいく様を眺めながら、チラチラと鏡にも視線を送りました。……今考えてみると、私完全に不審者ですね。人通りの無い路地を待ち合わせ場所にして賢明でした。ハハッ!  まあとにかくそんなことを繰り返すうち、刻々と夜は近づいてきたんです。そして空が完全に黒一色に染まり、流れる雲の隙間から星明かりが覗き始めたのを確認すると、私はすぐにルームミラー越しに後部座席の様子を確かめました。しかし……そこには誰も座っていませんでした。
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