運転手の話

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 前回からほんの少し成長した私は、至極冷静に周囲を見渡しながら運転をしました。具体的には、あまり人通りの無い場所を選択し、そこだけを通るように心掛けたりとかね。残念ながら現在の道路運送法では、幽霊を運んでいることを理由にした乗車拒否が許されていませんからね。  ビビりまくって全然周りに気を回せなかった一夜目や、女性との対話に前のめり過ぎて、他のことに気配りができなかった二夜目と違い、三夜目の私は人間のお客様に対しても、人間以外のお客様に対しても失礼な対応をしないよう努めました。  その姿勢が功を奏してか、私は前回、前々回に比べてもかなり順調に目的地を目指すことができました。ですからちゃんと乗客を運べているという事実に関しては嬉しく思いましたが……前日のこともあって、女性に話を切り出すことには、どうも抵抗がありました。  もし昨日のように、話題を振っても無視され続ける事態に陥ったらどうしよう。無闇に話し掛けることで、彼女に不快な思いをさせてしまったらどうしよう。そんな不安に後ろ髪を引かれ、なかなか事に移れないまま、時間だけが過ぎていきました。  そんな訳で無言を貫いたまま、私は目的地までの道のりのおよそ半分を移動しました。それまで極力人を避けて運転してきたため、取り立てて問題も起こらなかったのですが、ある時遂に心配していた事が起こりました。左手の方に注目していると、少し前の方に手を上げて、タクシーを呼ぶ動作を取る男性の姿を見つけたんです。やはり女性のことは見えていないようでした。  私は悩みました。このまま彼を無視して通り過ぎるのはいけない。しかし、何と言って誤魔化せば良いだろうか。幽霊の先客がいるとは言っても、信じてもらえないだろうし……ならば、出まかせを言って誤魔化すしかない。私は男性のすぐ側に停車すると窓を開け、頭の中で組み立てた嘘のマニュアルを読み上げました。 「ごめんなさいね。今はちょっと乗せてあげられないんですよ」 「え? でも、誰も乗ってないように見えますけど?」 「いやぁ、実はこの辺りって、私共の営業エリアから外れてましてね。規則上お乗せすることができないんです。どうか他の会社のタクシーをご利用下さい」 「あー、そうなの? じゃあ、別に良いや」 「ご理解いただけたようで恐縮です。それでは失礼します」  こうして私は男性を説得して、元の仕事を続行することができました。まあ、彼はあまり納得していないようでしたがね。実際の所、私は彼に嘘を付いてしまった訳ですし。地域によってタクシー運転手の営業が制限されることは事実ですが、あの場所は完全に営業可能なエリア内でしたし、本来ならあそこで男性の要求を断ってはいけなかったんですよね。  ちゃんと調べない限り、そんなこと普通の人には分かりっこないんですが……気にする人はいますよね。特に、現在進行形でタクシーを利用しているのに、そんな話を聞いてしまった人は。
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