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「エリア外って、本当ですか?」
不安そうに震える声でそう質問され、私はしくじったと思いました。これまでいくら話を振っても反応が無かったのに、まさか向こうから話題を提示してくるとは思いませんでしたから。
まあ確かに、余程図太い人格の持ち主でもない限り、他人に不当な労働をさせてしまったとあれば、後ろめたく感じてしまうものですからね。この世に縛られない幽霊とはいえ、別れ際に感謝の言葉を口にできるような彼女が、あんな話を聞いて平然としていられる訳がなかったんです。これ以上心配を掛けさせないためにも、私はしっかりと彼女に説明しました。
「大丈夫ですよ。アレは乗車を断るために、適当な理由を付けただけです。まずは貴女を送り届けることに、専念せねばなりませんからね」
「そうですか。良かった……私のせいで貴方が悪人になってしまうのかと考えると、怖くなってしまって…」
「はは、真面目な人ですね。これは私が自分の意思でやっていることだから、そんなに気にして頂かなくてもいいんですよ」
「ああ、お気遣いありがとうございます。では、今後もよろしくお願いします」
女性の曇った表情から、憂色が晴れたように見えました。これまで希薄だった感情を露わにする彼女に、私は内心微笑ましさを感じました。それと同時に、私はあることに気が付きました。本当にちっぽけなことですが……一言二言でなく、きちんと会話を繋げられたということ。
ようやく彼女との対話が成立したということに、私は表情にこそ出さなかったものの、かなりの衝撃を受けました。イケる。この流れなら確実にイケる! もはや迷うこともなく、私は改めて女性と言葉を交わそうと乗り出しました。
「ところでお客さん、これで利用していただくのは三回目ですかね。いつもありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。何度も利用させていただき、ありがとうございます。私一人じゃアパートにも商店街にも行けませんでしたからね。誰かの手を借りませんと」
「ハハッ、そういうことでしたら、今後もご贔屓にしていただけると幸いです。何せ言っていただければ何処にでも行けますからねぇ! た・だ・し、エリア内の地域に限ります」
「……ふふっ。貴方、面白い人ですね。話していてとても楽しいです」
彼女はお喋り自体は嫌いじゃないようで、控えめな口調ながら私の言葉にその都度返事をしてくれました。きちんと対話が可能な相手であると分かり、私のテンションは段々と上がっていきました。話題はいくらでも思い浮かぶため、次はそのうちのどれを出そうかと意欲的に考えだすくらいには、彼女との会話にのめり込みました。……尤も、楽しい話ばかりではありませんでしたけどね。
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