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「そういえばお客さん、お仕事は何をなさってるんですか? その素晴らしいファッションセンスからして、実はモデルとか?もしそうならスミマセンねぇ。あまり芸能人に詳しい方ではなくて……」
「違いますよー。でも、ファッション関係の仕事を目指してはいるんです。将来はデザイナーになりたくて。今は洋裁技術検定に受かれるように、勉強しているところなんです」
「なるほど、夢に向かって頑張っている最中だと。良いですねぇ! 私はそうやって目標に向かって直向きに努力できる人を尊敬しますよ。どうか頑張ってください。応援していますよ!」
……応援するという返事は、果たして相応しいものだったのか。明確に夢を抱いていながら、道半ばでこの世を去っていたなんて。彼女の服装は、素人目にもそのお洒落具合が分かるくらいの出来でしたから、さぞ前途ある人間だったのでしょう。そんな未来ある人物の末路が迷える幽霊というのには、納得しかねる部分もありました。
「あの、もし気分を害されてしまったら申し訳ないんですが……運転手さんは今の仕事をする事が、以前からの夢だったんですか? 運転手さんは望んで運転手になったんですか?」
「私ですか? まあ、そうですね。小さな頃からタクシー運転手には憧れの職業でした。まあ、単純に車を運転して遠くに行けるのがカッコいいとか、そんな下らない理由からなんですけど……それでも、この仕事ができていることには、満足していますね。やりがいも多いですしね」
「へぇ、やっぱりそうなんですね。実は、私の彼もタクシー運転手でして。大変なことも多いけど、とてもやりがいのある仕事だって、彼もよく話してくれたんです」
なるほど、彼女の恋人が自分と同じ仕事を。そう考えるとなんだか親近感が湧いてくるようでした。こんな美人と恋人になれるなんて、彼女が出来たことなんて一度も無い自分からしてみれば、羨ましい限りでしたよ!
しかし……そんな彼と死に別れることになってであろう彼女のことを考えると、釈然としない気持ちにならざるを得ませんでした。しかし、そんな内心を表立って出すわけにもいかず、私は彼女の語る幸福に肯定し続けるしかありませんでした。
「そうだ運転手さん。実は私達、結婚することになったんです。婚約指輪もちゃんと貰いましたし、あとは式のプランなんかを決めるだけなんです」
「なーるほど、だからあの結婚式場へ。さながら下見と行ったところですかね。それならあのガーデンはオススメですよ! 口コミの評判も良いですし、以前地元のテレビで取り上げられたこともありましたからね。まあ、プランによりけりかもしれませんが、それでもあの式場を選ぶのは、悪い判断ではないと思います」
「そうですか! それなら安心ですね。でも、最終的に何処を選ぶかは、彼に相談してみないと……まあ、無理か」
「……え?」
「……あの、運転手さん。すごく、すっごく今更な話なんですけど……私のこと、見えてるんですよね?」
これまでずっと弾むようだった彼女の声から、スッと抑揚が消えました。まるで、今までずっと隠されてきた陰の部分が、ひょんなことから飛び出してきてしまったような、そんな異物感を感じる、冷たく落ち着いた口調でした。それに気づいた瞬間にこれまで忘れていた、あの気味の悪い寒さが一気に蘇ってきました。
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